第14回賢明な利用を語る会
テーマ:宍道湖・中海における人と鳥との共生
今回は、「人と鳥との共生」をテーマに、1985年9月に本州で最初にラムサール条約湿地に登録された宮城県の「伊豆沼・内沼」から講師をお招きし、ガン類による農作物被害への先駆的な対応について講演して頂きました。
また、松江市の鳥類による農作物被害や、ブランド米「宍道湖湖北はくちょう米」づくりについての事例発表して頂きました。
これらの事例報告をもとに、参加された方々と宍道湖・中海における人と鳥との共生について、様々な視点から意見交換を行いました。
1.日時:平成22年2月13日(土)午後1時〜午後3時30分
2.参加者数:55名
3.会場:島根県立宍道湖自然館ゴビウス(外部サイト)(出雲市園町沖の島1659-5)
4.内容
○講演「ガン類による麦類の採食〜宮城県北部における事例解析と対策〜」
財団法人宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団(外部サイト)主任研究員嶋田哲朗氏
〔伊豆沼・内沼への飛来数と麦類の被害実態〕
・2009年10月:マガン約15万羽(マガンは飛来数が増加中)、コハクチョウ:4,000羽
・マガンは伊豆沼・内沼を代表する鳥。
・麦類摂食をするのは、主にマガンとコハクチョウ
・宮城県北部の麦類はほとんどが秋まき小麦
・マガンの越冬生活(10〜2月)ねぐらから飛び立ち、日中は水田で活動し、ねぐらに帰る。
〔麦類摂食の実態〕
摂食は、
1)秋蒔き小麦の育ち始めた芽の上の方だけを食べる。
2)次第に引き抜かれて根が露出する。
3)食べつくして麦がほぼなくなる。という段階で進行する。
道路付近などは食べられずに残っていることが多い。
〔摂食後の収穫期の調査(2007年冬〜2008年春)〕
麦畑の多い蕪栗沼周辺に調査地を10箇所設け、摂食区、非摂食区からそれぞれ数株を採取し現存量の測定を行った。平均68%の被害があった(被害率(%)=(推定)摂食率/非摂食区の現存量×100)。
また、ねぐらから遠いほど被害が低かった(ねぐらから2km離れると被害率が8%減少)。
〔摂食後の収量の調査(2007年冬〜2008年春)〕
摂食が麦の収量にどれだけ影響するかを調べるため、圃場ごとにマーキングした摂食区、非摂食区に1×1mの方形区を任意に3箇所設けてその中の穂数、1穂あたりの粒数、乾物重量を計測した。
その結果、穂数と乾物重量が有意に減少したが、1穂あたりの粒数の差異はなかった。これは、生長初期の摂食によって分けつ数(根に近い茎の関節から枝分かれする数)が減少するためと思われる。収量は、1haあたり47%の減収となった。
しかし一方で、起生期の減少率は68%、収穫期の減少率は47%で、その差はおよそ20%の差異がある。これは摂食後に20%回復したことになり、生育初期にマガンによる減収を20%以下に抑えることができれば収穫量に影響がないかもしれないことが分かった。
また、北海道美唄市では食害を受けた麦畑の方が収量が多かったという例もある。どの程度が20%程度の被害かは、はっきりと分かっていないが、根を引き抜くまでいかず、地上部の茎だけを食べられた程度と思われる。
〔なぜ麦類摂食が起きたのか?〕
1)1月下旬まで伊豆沼・内沼周辺での食物(落ちもみ、落ち大豆)がなくなった
2)蕪栗沼周辺には、伊豆沼・内沼周辺にはない麦があり、現存量も多い。(麦900kg/ha>落ち大豆355kg/ha>落ちモミ65kg)
3)渡り時期に高い窒素を含んだ食物が必要(落ち大豆4.7〜5.4%>麦3.1%>落ちモミ0.9%)
4)2月の寒波で北帰行が遅れた(被害が継続した)
〔被害対策...越冬ガン類の保全と農業の共生を考える〕
1)麦畑以外の場所へ誘引する
麦以外の食物があれば、麦への被害を軽減できる可能性がある。
◇水田や大豆畑の耕起の時期を遅らせる
越冬期のマガンの餌としては、モミ→大豆→麦の順に食べ進む。
秋期に耕起をすることで、落ちモミの量が激減するため、水田や大豆畑の耕起の時期を遅らせる。
◇麦畑以外に別の食物をまく
宮島沼周辺では、くずモミを撒いてマガンの誘引を図っている。
その他、休耕田の草本や二番穂を刈り倒したり(マガンは開けた所を好むため)、牧草地にしたりやシロツメクサをまいて麦畑以外の場
所へマガンを誘引する。
2)麦畑を利用させない
◇爆音器を利用して麦畑を利用させないように防除する。
◇マガンの摂食範囲外(ねぐらから遠いところ)や道路脇はあまり摂食しないことから、麦圃場をマガンの摂食範囲外や道路脇に集中さ
せて被害を軽減する。
○事例報告
1)「松江市における鳥類による農業被害の現状」
松江市産業経済部農林課副主任本田智和氏
島根県内の鳥獣被害のうち鳥類の占める割合は2割程度で、松江市ではカラス類による被害が多く、ガン類による被害は報告されていない。特定の作物で顕著な被害は見られておらず、過去4年間では10〜3月の被害は出ていない。
被害対策としては、猟友会駆除班による駆除活動や被害を未然に防ぐための経費の補助を行っている。
行政、関連機関、地元住民との連携と早めの対策が重要と感じている。
2)「湖北はくちょう米の取り組みについて」
ラムサール田んぼの会代表高橋裕典氏
湖北周辺はもともと沼地で裏作ができず、冬鳥が来ても特に問題がない土地柄であった。宍道湖・中海汽水湖研究所から「渡り鳥との共存」を目的に「ふゆみずたんぼ」の実施について協力依頼があり2005年から取り組んでいる。宍道湖への負荷を軽減するため、07年〜現在は肥料、除草剤を半分に、カメムシ防除は年1回程度に減らしたが収量は上がった。一方ポンプによる水のくみ上げなどの管理コストは増加している。
冬期のハクチョウ類の飛来は増加しており、2008年から始まった下古志地区の田んぼにも多く飛来している。土壌分析も行っているが現在のところ、ハクチョウ類の飛来数と肥料的効果の整合性はあまりでていない。今後も調査を継続していきたい。
今後の課題として農薬と化学肥料の低減化をどこまで進めるか、販売方法の確立、農家と栽培面積の拡大などがあり、市やJAなどの協力が必須である。
○意見交換会
「宍道湖・中海における人と鳥との共生」(進行:ホシザキグリーン財団普及啓発課長野津登美子氏)
〔講演や事例発表についての質疑応答〕
Q)ラムサール条約の登録前後で食害対策等に対して変化があったか?
A)(嶋田氏)鳥害補償条例が制定され、登録への動きが加速した。現在でも鳥に対して良い感情を持っていない農家の方々は多いと思われる。
Q)「ふゆみずたんぼ」による魚貝類生産に対する効果は?
A)(高橋氏)「ふゆみずたんぼ」をごく小面積で行っており、効果について現在調査を行っていないが、意識の高揚という面での効果はあると思う。
Q)全国的にマガンが増加している要因は?
A)(嶋田氏)80年代の圃場整備による大型農機の導入でコンバイン利用が増え、落ちモミの量が増加したことや、転作による大豆や麦の栽培が増えたことによって、マガンの餌が増えた。これら理由によって、越冬条件が良くなり数が増えていると思われる。
Q)乾田化と湿田化のバランスについて
A)(嶋田氏)ガン類は乾田を好み、ハクチョウ類は湿田を好むため、その地域の鳥類相によって麦を含めたバランスの良い配置が好ましい。
Q)流れ藻やシジミの殻の農業での有効な利用法は?
A)(高橋氏)子どもの頃には藻が多く生えており、中海の方では乾燥させて肥料として活用していた。シジミの殻を使った「しじみちゃん」という肥料を販売している。
〔意見交換会〕
宍道湖に関わる様々な立場の方から、鳥との共生について下記のような意見を頂きました。
◇宍道湖漁業協同組合
潜水ガモは1日に体重(約1kg)分ほどのヤマトシジミを食べると推定される。
潜水ガモが2万羽飛来し、150日間羽を休めると仮定すると、約3,000トンのヤマトシジミを食べることになる。
ジョレンからこぼれた小さなヤマトシジミを食べたり、網からはみ出したシラウオを食べたりしている。
今後実態調査をして解明していく必要があるが、水鳥が飛来しないような環境ではシジミ漁は成り立たないので、漁師も鳥との共生について考えていきたい。
◇野鳥という資源の活用について
マガンのモーニングフライト観察のプログラムを実施し、好評を得ている。
マガンのモーニングフライトなどのエコツアーは、今後需要が高まるだろう。
宍道湖西岸で民泊やそば屋を営んでいるが、バードウォッチャーの憩いの場となり、鳥を通じた人との繋がりが広がっていくのが、大変嬉しい。
今年、2010年は国連の定めた生物多様性年であり、また10月には愛知県名古屋市で「第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)」が開催されます。今回開催した会が、「人と自然との共生」のきっかけとなることを期待して、会を終了しました。
お問い合わせ先
環境政策課宍道湖・中海対策推進室
〒690-8501 島根県松江市殿町1番地 TEL:0852-22-6445