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実事求是〜日韓のトゲ、竹島問題を考える〜

第6回

『隠州視聴合記』と長久保赤水の『日本輿地路程全図』

 

 外務省が2月、小冊子「竹島問題を理解するための10のポイント」を刊行した。これで盧武鉉大統領が日本に求め続けた「普遍的価値」に基づき、韓国側と対話ができる糸口ができた。大歓迎である。恐らくこの思いは、韓国側にも通ずるだろう。盧武鉉大統領が歴史問題を政治的に利用したことに対し、韓国内には軌道修正を求める声が出ているからだ。

 だが日韓関係に残した盧武鉉大統領の負の遺産は、今も健在である。現在、韓国の水原市で開催中の「欝陵島・独島古地図巡回展」がそれだ。独島博物館主催の巡回展では、独島が描かれた古地図は一枚も展示されておらず、全て写真であった。独島博物館の展示物にも竹島を韓国領とする資料はないが、これが竹島問題専門の独島博物館の実体である。

 同様に、盧武鉉大統領時代の負の遺産は、2月22日の「竹島の日」記念式典の際、パンフレットを配っていた独島守護隊の日本語サイトにも色濃く残っている。そこでは長久保赤水の『日本輿地路程全図』について、次のような解説をしているからだ。

 「特に『高麗を見るに雲州から隠州(隠岐島)を見るに同じ(見高麗猶雲州望隠州)』という説明は、1667年に編纂された『隠州視聴合記』にも出ている内容で、独島が朝鮮の領土であることを再確認している」

 独島守護隊は、日本側が竹島を日本領とする際に論拠とした『隠州視聴合記』と『日本輿地路程全図』を、逆に竹島が韓国領であった論拠としている。だが「見高麗猶雲州望隠州(高麗が見えることは、ちょうど雲州(出雲)から隠州(隠岐島)が見えるのと同じである)」の解釈で、「高麗が見える」という時、高麗(朝鮮)を見ている場所が日韓どちらに属すかは自明である。長久保赤水が『隠州視聴合記』を引用し、欝陵島の横に「見高麗猶雲州望隠州」と注記したのは、欝陵島を日本領と認識していたからで、「独島が朝鮮の領土であることを再確認している」のではない。現に齋藤豊仙は、『隠州視聴合記』所収の「南方村条」と「知夫郡焼火山縁起」でも、鳥取藩米子の大谷家等による欝陵島渡海の事実を記し、欝陵島を日本領として疑っていない。それに『隠州視聴合記』編纂の前年(1666年)、欝陵島に渡った大谷家の船が朝鮮の長■(かみかんむりに耆)に漂着しており、朝鮮政府が丁重に送還している。江戸幕府はその事件を把握していただけでなく、欝陵島を日本領と認識していた。
それを独島守護隊では、『隠州視聴合記』の「戌亥間行二日一夜有松島。又一日程有竹島。此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠州、然則日本之乾地、以此州為限矣」を解釈し、隠岐島を日本の北西限として、欝陵島と竹島を韓国領としたのである。だがその解釈は正しくない。この漢文は、隠岐島の「北西には、二日一夜で松島(現、竹島)がある。さらにそれから一日程で竹島(現、欝陵島)がある。二島は無人島で、そこから高麗が見えるのは、ちょうど出雲から隠岐島が見えるのと同じである。だから日本の北西の地は、(朝鮮が見える)此州が境となる」(下條注、州は漢文的表現で島のこと)と、読むべきだからだ。

独島守護隊が解説を誤ったのは、独島学会の慎■(かねへんに庸)廈氏等の誤謬を鵜呑みにしたからである。実用的な日韓関係の構築をするためには、この種の荒唐無稽な言説を清算する必要がある。それには日韓が対話を始め、未来志向的な共感帯を創っていくことである。

(下條正男)


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