後鳥羽院

島根ゆかりの文学者

 

後鳥羽院の顔

 

後鳥羽院

1180 1239 )歌人

 

鎌倉前期の天皇。 1221 年(承久 3 年)執権北条義時追討の院宣を下したが失敗して隠岐に配流される(承久の乱)。歌道に秀で『新古今和歌集』を御勅撰。配流後も歌業を続け『隠岐本新古今集』が成った。『遠島御百首』は、御在島 19 年の春秋の悲痛
な御感懐をしのぶに余りある珠玉の一編である。歌聖と称される後鳥羽院の二首、「我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け」「命あれば茅が軒端の月もみつ知らぬは人の行くすえの空」は悲痛だ。

 

主な著書

『隠岐本新古今和歌集』、『遠島御百首』、『隠岐五百首和歌』、『遠島御歌合』、『御百歌会』、『定家家隆両御勅撰』

 

関連ホームページ

http://www.town.ama.shimane.jp/kankoh/spot/ (外部サイト)

 

ゆかりの地

後鳥羽院行在所跡の写真

後鳥羽院行在所跡
配流後、御所となった源福寺跡御所跡。悲憤の生活の心の支えは念仏と歌の道であったという。


後鳥羽上皇御火葬塚の写真

後鳥羽上皇御火葬塚
上皇が崩御されてから遺骨は京都大原の法華堂に納められたが、明治 8 年神霊奉還の儀が行われてから御火葬塚と称している。


隠岐神社の写真

隠岐神社
昭和 14 年、上皇没後 700 年を記念して造営され、上皇を祀っている。

 

 

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文化国際課

島根県環境生活部文化国際課
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