第11回賢明な利用を語る会

テーマ:「ラムサール条約登録から3年をふりかえって」

 展示したパンフ

 2008年(平成20)年度第3回シリーズの第3回(通算11回目)の「賢明な利用を語る会」を、平成21年2月21日(土)にサンラポーむらくも(松江市)で開催しました。今回は、語る会では初めて鳥取県との共催で開催しました。

 

 今回の内容は、平成17年11月8日に「宍道湖・中海」がラムサール条約に登録されてから3年が経ちましたので、この3年間を行政や活動団体等の事例発表で振り返り、条約登録が「宍道湖・中海」に何をもたらしかを検証しながら、これからの賢明な利用について考えるものでした。

 

 

 

1.主催:島根県、鳥取県西部総合事務所生活環境局、(財)ホシザキグリーン財団、島根県立宍道湖自然館ゴビウス

2.日時:平成21年2月21日(土)午後1時15分〜午後4時シンボルマーク

3.参加者数:62名

4.会場:サンラポーむらくも八雲の間(松江市殿町369)

5.内容

 

◎事例発表(6題)

【行政のとりくみ】島根県環境生活部自然環境課調整監板倉宏文氏

【住民活動のとりくみ】中海アダプトプログラム代表内藤武夫氏

【産官学民のとりくみ】NPO法人斐伊川流域環境ネットワーク斐伊川くらぶ竹内雅幸氏

【自然再生のとりくみ】NPO法人未来守りネットワーク理事長奥森隆夫氏

【漁業における変化】宍道湖漁業協同組合参事高橋正治氏

【観光面のとりくみ】NPO法人松江ツーリズム研究会高橋保氏

 

◎総括「ラムサール条約は何をもたらしたか-ラムサール条約登録から3年を経てー」

 コーディネーター:藤原秀晶氏(山陰中央新報社特別論説委員)

 

◎全体進行:野津登美子(ホシザキグリーン財団普及啓発課長)板倉氏の発表風景

 

6.概要

『事例発表1:島根県環境生活部自然環境課調整監板倉宏文氏』

1)「ラムサール条約」とは?

 もともとは水鳥の保護のために1971年にイランのラムサールで策定された条約である。現在158の国と地域が加盟しており、登録湿地は日本の面積におよそ45倍にあたる。

2)宍道湖と中海が登録されるまでの経緯について

 昭和38年に宍道湖中海の淡水化計画が着手され、約40年の時を経て中止となった。その翌年、平成15年に当時の澄田島根県知事が、両湖のラムサール条約登録を目指すこと発表をし、宍道湖と中海は平成17年11月にアフリカのウガンダで開催された第9回締結国会議にて同時登録された。

 登録1ヶ月後に記念シンポジウムを開催した。ラムサール条約は賢明な利用などさまざまなものをもたらしているが、島根・鳥取両県の知事がそろって公開懇談会を開催したことはこれまでなかった。その懇談会での話し合いにより、条約登録後の6月には、両県知事も参加した宍道湖・中海の一斉清掃が開催され、現在も継続して行われている。

3)宍道湖・中海での賢明な利用の取り組み紹介について

 今日の発表者である「斐伊川くらぶ」では湖岸でのヨシの植栽が行われている。行政では、宍道湖・中海のラムサール条約シンボルマークの募集を行い、普及啓発資料やグッズに使用している。鳥取県境港市で行われた登録1周年記念大会では島根県松江市にある本庄小学校の児童による「中海太郎物語」という創作劇の上演も行われた。

 設備面においては、松江市玉湯町鳥ヶ崎などに観察舎や登録記念碑を設置した。その他、一畑電車(株)の協力のもと、宍道湖や中海に生息する生物のイラストでラッピングした「しんじ湖ラムサール号」(平成19年4月から平成23年11月まで)をつくった他、島根県立宍道湖自然館「ゴビウス」(外部サイト)館内にラムサール条約の紹介コーナーを設けている。

 普及啓発面においては、ラムサール条約と宍道湖・中海について紹介するパンフレットを作成し、5カ国語版を用意している。そのほか宍道湖・中海で見られる探鳥マップの作成も行っている。「ラムサール条約と賢明な利用を語る会」は今回で11回となり、さまざまなテーマで意見交換や情報交換を目的に行っている。

 環境教育においては、エコクラブ会員や指導者向けの調査会を開催している。また流入河川周辺の45の小中校を対象に「みんなで調べる水質調査」も継続して実施している。

 また、子どもたちが主体となった企画として「KODOMOラムサール湿地交流」の取り組みがあり、宍道湖・中海でも中四国ブロック会や全国大会を開催した。この交流会では、子どもたちが湿地を保全するためのメッセージづくりを行っており、昨秋韓国で開催された第10回締約国会議において発表された。世界中から60名の子どもが参加しており、島根県からも2名の中学生を派遣し、発表や交流を行った。観光面においては、宍道湖エコクルーズやマガンのモーニングフライトなどが開催されており、宍道湖エコクルーズは定期的に開催されている。徐々にではあるが広がりを見せている。

4)まとめ

 この3年間でさまざまなことがあったが、まず「ラムサール条約」を説明しなくてもよくなってきたことがあげられる。しかしながら、ラムサール条約でいう「湿地」という概念についてはまだ浸透に時間がかかることを感じている。


 

内藤氏の発表風景『事例発表2:中海再生プロジェクト理事長内藤武夫氏』

1)活動の経緯について

 小さな頃から中海でヨットに乗っており、そのころの水深は2-3m程度でさまざまな魚類を見ることができ、湖に親しんできた。その後徐々に中海が汚れ、特に昭和30年代後半からひどくなってきたように感じている。そのころにヨットクラブを立ち上げ、中海で子どもたちと一緒に中海を利用させてもらっている。かつては中海も砂浜が多く遠浅でいい環境だったが、やがて深みができ、コンクリート護岸が整備されて環境が変わってきていると感じた。中海を何とかして利用したいと思い、ヨットクラブなどの活動を行っているが、参加人数が減っている上に参加する子どもたちも学校が忙しく、かつてのように湖に親しむ時間が減ってきている。私たちも何か役に立てることがないかと思っている。

 

2)子どもたちとの清掃活動から「中海アダプトプログラム」の発足について

 平成2年から清掃活動を子どもたちとはじめている。この活動は子どもからの発案で、毎月第3日曜日に開催している。平成17年からはこの活動が元となり「中海アダプトプログラム」が発足し、近隣住民や企業の協力のもと、清掃活動を行っている。

中海で一番汚れているといわれる錦湾から島田町のあたりについて、現在はずいぶんきれいになっていると感じている。そのためかどうかは分からないが海草も見られるようになってきた。これもまた放っておくと富栄養化になるため、刈り取りをしなければならない。刈り取った藻は知り合いの農家の方に肥料として使ってもらえるようお願いするつもりである。

3)今後の活動、目標について

 毎年夏には中海体験航海を実施している。そのほか中海夕暮れコンサートなども開催しており、「泳げる中海」を取り戻すために活動していきたいと思っている。この頃は行政の方が積極的に清掃に参加しているが、どうしてもっと住民の方が参加しないのかと思っている。最近では奥出雲町や広瀬町、伯耆町の子どもたちが中海までやってきて、清掃活動とヨット体験を楽しんでいる。上流の子どもたちも参加して取り組んでいるので、近隣住民の方にはもっと積極的に参加してもらい、美しい湖を取り戻したいと思っている。

 

『事例発表3:斐伊川流域環境ネットワーク斐伊川くらぶ竹内雅幸氏』斐伊川くらぶ発表風景

1)宍道湖ヨシ再生プロジェクト

 一昨年にラムサール条約に登録されたことを記念して、1000人規模での植栽イベントを実施した。宍道湖周辺の道路整備や護岸整備によってヨシの生息環境が減ってきている。この状況では豊かな宍道湖の環境がなくなってしまうと思い、ヨシの復活により水質を改善し、豊かな湖の環境を取り戻すためのプロジェクトを行っている。この活動は産官学民の4者協働で実施しており、共同主催として国土交通省が参加している。本活動の内容においてもっとも意識していることは、次世代を担う子どもたちを活動の主体においていることである。具体的には環境学習会として湖の現状や復活のためのプロセスなどを説明した後、竹ポットなどを子どもたちによって自作し、その後ポットにヨシを植えて復元を行っている。宍道湖は波が強いところなので、そのまま植えたのでは翌日には流されてしまっている。そのために消波堤などの設置も行っている。

2)八束町花と緑の島づくり活動

 大根島の西側にある残置水域は淡水化工事の中止により一切手をつけられない状況にあり、ゴミの蓄積により環境が悪化していた。大根島は島根県と鳥取県を結ぶ重要な位置にあり、この地域の活性化が中海圏域の拠点になるのではないかと思い、活動を昨年から始めた。活動にあたっては、ヨシ再生プロジェクトと同じく産官学民の4者で取り組んでおり、企業の方からも協力をいただいている。我々は住民ではないため、最終的には大根島の住民の方が主体的に活動していただきたいと思っている。大根島には住民による花いっぱい協議会などもあり、活動をともに行っている。具体的にはサクラ、菜の花、スイセンなどを植えている。島根県の協力を得て客土の提供をいただき、さまざまな方にボランティアで協力していただき作業を行っている。活動を地元の方にも知っていただくために、子どもたちによるポスター作成と花の種の配布なども行っている。この地域は風が強いため、風よけなども近くの竹などを用いて設置している。

3)まとめ

 子どもの頃から活動を行うことによって、環境に配慮するのが当たり前といった意識を持つことが、環境保全において大切であると思っている。実際最初に活動に参加した子どもたちも高校生くらいになっており、「自分たちもなにか活動がしたい」と言ってくるまでになってきている。また、産官学民の4者協働で取り組み、たくさんの方に協力していただく効果も大きいと思っている。活動にあたっては、地元の方の協力を得て孟宗竹を使用している。このことにより森林環境の保全にも資しているのではないかと思っている。花と緑の島づくり活動においては全長4キロメートルが対象となっているが、今のところ1.8キロメートルを整備した。参加者数も増加しており今後も活動を継続していきたいと思っている。

未来守りネットワークの発表風景『事例発表4:NPO法人未来守りネットワーク(外部サイト)理事長奥森隆夫氏』

1)未来守りネットワークとは

 中海流域の企業人が集まっているネットワークで、企業人として環境のために何かしなくてはいけないのではないか、という意識を持って活動している。私たちが直接中海に対して何ができるかと考えたときに、アマモの再生が最重要であると思い、再生プロジェクトに着手することとなった。アマモは湖の栄養塩類を吸収して成長し、人の手によって刈り取られることで湖の物質循環に重要な役割を担っている。アマモはそのまま刈り取らずにおくと、逆に富栄養化になってしまう。刈り取られたアマモはかつて肥料等として人間の生活に役立っていた。この事実に着目し、アマモを中心とした活動をはじめている。アマモが生育できる浅場の環境も現在中海にはほとんどない。

 

2)ネットワークの構築について

 ネットワークの構築にあたりもっとも大切だと考えたのは漁業者である。漁業者は湖の生物を漁獲して生活を成り立たせており、従って湖の環境は生活基盤と切っても切れない状況にある。また、漁協は地元の企業でもあり、漁協を中心に他の企業や子どもたち、大学の研究者を核としてネットワークの構築を図った。

3)活動の紹介

 勉強会には多くの漁師さんや企業の方が参加している。まず、アマモの生育できる環境整備として、浅場の造成などをお願いしている。現在中海には2ヘクタール程度しか浅場はないが、浅場を整備されたところに中海産のアマモを植栽している。子どもたちがアマモについて勉強してから、独自に開発したシートに種を植えている。植栽をする子どもたちは、これまで活動に定期的に参加している子どもを50名程度に抑えて行っている。それは安全管理と目的を浸透させるために必要である。子どもたちが植えたシートはダイバーによって湖に設置している。アマモの再生はアサリの再生にも役立っており、漁業者も歓迎している。

4)まとめ

私たちは上流から下流まで、森、川、湖、海をひとつのまとまりとして考えて活動している。これは環境を考える上でどれも欠かすことができない。また、子どもたちが地元にこれからも住み続けていかなければ地域の発展はあり得ない。そのためにも地域が活性化しないと定住も生まれない。そのような観点から今後も活動を続けていきたいと思っている。

 

『事例発表5:宍道湖漁業協同組合参事高橋正治氏』宍道湖漁協の発表風景

1)宍道湖の地形の特徴と漁業

 宍道湖ではだいたい82種の魚介類が確認されている。特に宍道湖七珍は代表的なものである。ヤマトシジミの漁については、「じょれん」を用いることで、乱獲の禁止や稚貝の保護、湖底の泥の攪

拌などの機能をも持っている。現在は90キロ/日を制限量としており、大きさごとに選別している。

2)ヤマトシジミの漁獲量について

 北海道や木曽地域を除く全国のシジミの産地では、漁獲量は全国的に減っている。宍道湖も例外ではなく減少している。昭和30年代まではシジミよりも魚類をメインに漁業が行われてきたが、昭和40年代にシジミの一大産地だった利根川や八郎潟が環境改変により漁獲量が減ったため、以降宍道湖が日本一の産地になった。この頃から安定的な漁業を行うために、漁業者が中心となって漁獲制限などの資源管理を行うようになってきた。

 平成18年の豪雨の際に、宍道湖でシジミが大量にへい死するという事態に直面した。漁協では以前からシジミの安定的な確保のために種苗生産を行っている。ある程度の大きさにまで育てた稚貝を、湖の生育できる環境にもっていく方法をとっている。そのほか、シジミの生息環境改善のために、「まんが」と呼ばれる鍬のような道具を用いて、湖底の泥の攪拌を行い、生育がよくなるようにしている。昨年は毎月耕運作業を行っている。また、宍道湖西岸では竹を用いた魚礁の設置を行っている。500本ほどを平田沖あたりに設置し、シジミの稚貝や稚仔魚の育成を図っている。実際江戸時代あたりでは、このような魚礁が行われていたことが文献に残っている。また、環境省よりグリーンワーカー事業の一環として毎年1回湖底の清掃活動を行っている。湖底には人為的に捨てられたゴミが多く見られる。そのほか放流事業としてワカサギの育成にも取り組んでいる。宍道湖で獲れたワカサギから採卵して育成している。宍道湖の漁業の役割において、魚介類の安定供給と資源の維持生産が重要である。そのためにできることとして、資源の安定供給のための維持管理をますます強化する必要がある。

 平成18年の豪雨によりシジミは大量にへい死したが、おそらくこれは数年で復活すると考えている。しかしながら、人為的な改変は取り返しのつかない事態をもたらすのではないかと危惧している。先日、秋田県の八郎湖に視察に出掛けた。八郎湖は面積の8割を干拓している。当時の農業政策により米などの生産は上がったと担当者からは聞いた。その一方で全国2位のシジミの産地の様子は残っていない。八郎湖は平成2年の水害によって一時期シジミが大量に発生し、漁獲できたことがあったそうだ。そのため地域の漁業者からは定期的に水門を開けて欲しいと要求しているが、それについては農業政策のため、実施してもらえないという現状があるとのことだった。このような改変は生態系に大きな影響を与えることを実感した。

3)まとめ

宍道湖の中で生きていくためには、自分たちでできることは精一杯取り組んで行きたいと思っている。そして漁業者は、豊かな資源を皆さんに提供し続けていかなければならないと思っている。そのための活動を行っていきたいと思っている。

 

松江ツーリズム研究会の発表風景『事例発表6:NPO法人松江ツーリズム研究会(外部サイト)高橋保氏』

1)松江ツーリズム研究会とは

 主に松江市の指定管理者として松江城や小泉八雲記念館などの管理運営のほか、城山内に観光案内所を設置している。そのほか、街あるきのガイドツアーの企画・運営やガイドの育成なども取り組んでいる。

2)「宍道湖エコクルーズ&松江まち歩きツアー」について

 このツアーは、「まつえ市民環境大学村」と「白鳥観光」との連携によって実施している。白鳥観光の船に乗り、宍道湖についてガイドが案内や簡単な実験を行っている。対象は大人から子どもまでと間口を広げて取り組んでいる。幸いなことに反響もあり、地元新聞などにも取り上げてもらっていることから、今後も定期的に催行することが決定している。昨年度の集客状況だが、2月から開催したため80名程度の参加にとどまったが、本年度は166名の方に参加してもらっている。全体の38%が県外の方であり、着地型商品としての割合としては非常に高い方だと聞いている。このツアーは宍道湖遊覧船を基本として、追加でまち歩き、堀川遊覧船、松江城登閣を設定できるようになっている。最も多いのが遊覧船のみであるが、続いて堀川遊覧船までのセットが多かったことは驚いた点でもある。ツアーの参加者は女性が多く、子どもさんの参加はまだ少ない。参加者のアンケートからは、宍道湖の自然がよくわかった、豊かな環境を残していくことが必要だと感じた、といった感想が寄せられた。また、このツアーの収支はわずかながら利益が出ている。もう少し残すことができれば広告費などにも充てたいと思っている。経費はかかるがガイドの研修会もかなり開催している。ゆくゆくは彼らが松江市の顔となって活躍していただけるのではないかと思い、街の活性化のために継続している。

3)「松江ゴーストツアー」について

 小泉八雲は、自然や環境についてそれを大切にすべきであると著書などで触れている。このツアーは夜の開催で、小泉八雲の著書の朗読とそこにでてくる史跡を巡るツアーである。このツアーも好評で今後も定期的に開催する予定である。

4)「着地型商品」の造成について

 告知に使用するチラシなどは「目立つ」ことが大切であるが、何より企画内容自体にオリジナリティーが必要である。そして旅行代金がリーズナブルであることが大切であると考えている。また、荷物の運搬など小さなサービスも必要である。これらはすべて集客に結びつけないとどうしようもないと考えている。集客とは「自分の責任において集めきる」ということを重要だと思っている。簡単ではないが、やりがいもありまた工夫の余地などもある。集客の具体的な手法として、マスコミへの情報提供などをタイミング良く出すことを行っている。最近ではインターネットの利用や松江城の利用者などへのアピールも行っている。そして時間外対応として自分の携帯番号をチラシなどに載せることでいつでも申し込めるような体制を作っている。

5)まとめ・分析について

 お客様にとって魅力的な商品を作り続けるためにアンケートを行い、分析することが必要である。お客様の声の中に魅力ある商品作りのヒントがあると私は考えている。そして分析の中から地域、年代、時期などの傾向を読み取り、新しい商品作りにつなげることが必要だと思う。旅行商品とは口コミで広がるので、長く続けるためにもお客様一人ひとりにまた来たいと思っていただける商品作りをこれからも続けていきたいと思っている。


◎総括『ラムサール条約は何をもたらしたラムサール条約登録から3年を経て』藤原氏の総括の風景

 (コーディネーター:山陰中央新報社特別論説委員藤原秀晶氏)

1)登録までの経緯

 このたびの会にあたり資料などを探っていたら、2005年の登録に向けてのシンポや条約登録後のシンポの資料が出て参りました。登録からまだ3年しか経っていないのかと思いました。

 さて、ここではどの取り組みが良いとか申し述べるのではなく、私なりにこれまでの活動の意義とか今後の継続について、あるいは今後考えていかなくてはいけないことについて思っていることを述べたいと思います。

 ラムサール条約の正式名称がはっきり言える人は少ないと思います。正式名称には「特に」という文言がつきます。日本では37カ所が現在登録されているそうです。登録の背景についてまず触れておいたほうがいいのかなと思っています。1963年に始まった宍道湖・中海淡水化事業ですが、水田を作るという目的が、米作りの衰退によって方向転換を余儀なくされ、2000年に本庄工区の事業が中止となり、2002年には淡水化事業そのものが中止となりました。

 この事業の中止に至った経緯として、宍道湖漁協の高橋参事も触れていましたが、周辺住民の環境保全への意識の高まりがあると思います。宍道湖のシジミもまだ産業として大きな地位を占めていない中で作られた計画であったわけで、宍道湖のシジミがなくなってもいいのか、というのが周辺住民にとって大きなアピールをしたと思っています。そういうわけで淡水化事業が中止となって、続いて当時の澄田島根県知事がラムサール条約に宍道湖・中海を登録するのだ、と発言しました。その背景として澄田知事が1992年にブラジルで開催されたサミットに参加し、斐川町の故坪田愛華ちゃんが描いた「地球のひみつ」という本を世界中にアピールしてきたことがあります。淡水化を中止してそのままでいいのかと考えたときにラムサール条約に登録し、水環境を守っていこうと思ったのではないかと思います。

ラムサール条約に登録されたことで、宍道湖・中海の評価は世界的に認められたわけです。同時に行政としては環境を保全し、賢明な利用を行う義務も生じてきたといえます。島根・鳥取両県は「水質保全と賢明な利用について、やっていきます」と世界に宣言したわけで、それから3年経ったということです。

2)登録によって変わったこと、変わらなかったこと

 結論から言えば、変わったことといえばいわゆる「住民意識」がずいぶん変わったと思います。ラムサール条約を機に、あるいはそれより以前から取り組まれているものもあるとは思いますが、いずれにしても条約登録は大きなきっかけであったと思います。

特に行政面で言えば、登録記念シンポでは私は島根・鳥取両県知事対談の司会をさせていただきました。その際、両県知事から沿岸自治体が協力して清掃活動を一緒にやりましょう、という話から始まったのが一斉清掃です。現在も事業は継続して行われ、両県知事が参加しての活動が続いています。ほんの短時間であり、効果がどの程度か、と言われれば確かにそうかもしれませんが、両県知事と沿岸の7市町の首長が揃って行うというインパクトの大きさは代え難いものがあるかと思います。

賢明な利用については、漁協さんをはじめ漁業者の方が規制をかけながらやっているのですが、それでもワカサギやシラウオ、中海ではサルボウなどがいまだに復活していません。そしてシジミも漁獲量が減ってきているということでした。

そして農業においては、安来市の宇賀荘地区において「どじょう米」というネーミングでふゆみず田んぼの取り組みが行われています。環境保全型農業としては松江市の湖北地域でも取り組まれています。

 そのほか観光面では、松江ツーリズムさんによるエコツアーなども大きな取り組みだと思っています。ゴーストツアーは私も参加したのですがとても楽しかったです。「中海宍道湖大山圏域観光連携事業推進協議会」では「ぐるっと中海遊覧船」という取り組みを行っています。これは松江から境港を経由して中海を一周するツアーです。とてもおもしろい企画で、小さい頃に乗った美保関行きの合同汽船を思い出しました。観光だけではなく日常の交通手段としてもおもしろいのではないかと思っています。

 環境教育、普及啓発事業でひとつ言っておきたいのは学習施設の役割です。宍道湖西岸にはゴビウスとグリーンパーク、米子には水鳥公園があります。その2施設に加えて1月には宍道湖しじみ館が開館いたしました。それらの施設が子どもたちの学習への効果において一定の役割を持つのではないかと思っています。ゴビウスや水鳥公園の活動はラムサール条約を機にということではないのでしょうが、さまざまな活動がラムサール条約登録を機に起こってきたということが、変わったことだと思っています。

藤原氏の総括の風景3)登録から変わっていないこ今後の課題

一方変わっていないことは水質の問題です。両湖とも未だ環境基準を未だ満たしたことがありません。1970年代から工場排水や家庭排水が流入したことから、T-N(全窒素)、T-P(全リン)、COD(科学的酸素要求量)、BOD(生物的酸素要求量)の4つの項目いずれも満たしていません。1970年代から比べてみると、流入河川の下水道普及率と斐伊川流域の農山村の排水設備や浄化槽の設置状況からみてもずいぶん進んできているはずです。中海流域では多少宍道湖より遅れてはいるものの、排水の高度処理は進んでいますし中海宍道湖の水がもっときれいになっても良いのではないかと思っていますが、毎年横ばいです。進んだから横ばいなのか、そうでなくて横ばいなのかはわかりません。

 2007年に島根大学の野中先生が本社の紙面において、宍道湖流域においてはT-N、CODはその全体の70%弱が、T-Pの30%が自然由来のものであり、中海においてはT-N、CODは65%前後、T-P30%前後が自然由来のものだと記載されています。島根県の保健環境研究所には、中海宍道湖流域で水質に一番大きな影響を与える斐伊川の流入負荷について、1983年から1年間、2001年から1年間、毎日比較したデータがあります。T-Pは1983年は95.6トンだったのが2001年には62.4トンに減ったのに対し、T-Nは1983年が857トンで2001年が922トンに上がっていたとありました。冬になると数値が高くなるということから、中国大陸で使われた化石燃料が偏西風に乗って流れてきて、雨によって最終的に湖に流入している可能性があると書いてありました。それから黄砂ですが、黄砂に付着した窒素酸化物も影響を与えるという研究結果を読んだことがあります。

 「これをすれば水質が良くなる」といったことは、なかなか決め手がないという感じがいたします。ではこれから先いったいどうすればよいのか、ということになります。行政については環境についての普及啓発や環境教育、地域住民への「正しい知識」の確立が求められるかと思います。もう一つ大切なことは漁業者の方であります。漁業者は毎日のように湖に出掛け、水の変化や湖の変化について一番敏感に分かります。そういった方々からの情報を行政なり地域住民の間で共有できないのかなと思っています。湖に出かける体験などもさせてもらえることを含めて、水の上の情報を行政の方々と交換できると良いのではないかと思います。

4)まとめ

中海・宍道湖の水の問題とは、こと水の問題だけではないということです。これは島根県東部、鳥取県西部全体の山の上から水は流れてくるわけですから、上流から下流まで全体の視点を含めたことが必要になってくるのではないかと思っています。

もう一つは「水から離れてはいけない」、もっといえば水辺から人がいなくなってはいけない、ということです。元島根大学の橋谷先生がいつもおっしゃっていたのは、人が水辺からいなくなると水は汚れるということです。水辺にでれば日によって宍道湖の底が見えるくらいきれいだったり、あるいはシラウオの幼魚やテナガエビが見えたりといろんなことが見えてきたりします。環境教育も大切なのですが、まず子どもを水辺に引っ張り出して見せる、体験させることが必要なのではないかと思います。発見と感動をもたらすことが必ずあるわけで、今日ご参加の皆さんと手を携えて取り組んでいきたいと思っています。

(※会場からの意見)

 先ほどの話で子どもたちを水辺に近づける方法としてどのようなものがあるか、という話がありました。私は個人的に宍道湖に砂浜がどれくらい残っているかを計測することを行っています。結構残っています。さらに伸ばしたり大きくすることで、「NPO法人未来守りネットワーク」さんのお話のような取り組みにつなげて水質浄化に役立つのではないかと思って聞いていました。

 また、子どもたちは岸壁があると湖に入れないものですから、砂浜は浅く入りやすいと思いますので、そのような環境を復活させることを行政の方には取り組んでほしいと思います。海岸では逆に岸壁から岩礁にする取り組みが進んでいると聞いています。そういった取り組みを宍道湖中海でもやっていただきたいと思っています。

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