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昭和の残像

松江駅周辺を走るSL(松江市)
松江駅周辺を走るSL(松江市)の写真
写真出典「島根の戦後50年」(1995年、山陰中央新報社刊)

黒煙を噴き上げ、力強く疾走する蒸気機関車(SL)。
県内では昭和49年末まで、その勇姿を眺めることができました。
蒸気機関車は、鉄道が開業した明治時代以降、旅客や貨物の輸送に活躍しましたが、燃料効率が悪く、
長距離運転が苦手で、ばい煙も安全性や快適性の面で問題視されるようになりました。
昭和30年代になると、当時の国鉄は電化やディーゼル化に舵を切り始めました。
写真は昭和49年5月に、高架工事を行っていた松江駅周辺で撮影されたものです。
工事は、線路で南北が分断されていた市街地の交通混雑の解消や都市開発を目的に、昭和47年5月に着工。
同52年3月、駅を中心に東西3・3キロの高架工事が完了しました。
やがて姿を消すSLと、近代化の象徴だった高架事業が1枚の写真の中で対照をなしています。
県内では現在、昭和54年に復活運転を始めた山口線のSLが、期間限定で津和野駅に乗り入れています。

 

県立古代出雲歴史博物館企画展古代出雲の壮大なる交流

古代出雲の壮大なる交流3月4日〜5月16日

日本での鉄器の使用は弥生時代に始まりますが、鉄作り(製鉄)が始まった時期は、弥生時代説と古墳時代説の2つがあります。
出雲地方の弥生時代後期(1〜3世紀)の集落遺跡からは、農工具類などの鉄器が多く出土し、後期の終わりごろの鉄素材から鉄器をつくる「鍛冶(かじ)」遺構も発見さ
れていますが、製鉄遺構はまだ発見されていません。
この時期、北部九州・朝鮮半島との交易で得られた豊富な鉄素材を利用し、鉄器が盛んに生産されるようになったのでしょう。
こうした他地域との交流は、古墳時代以降も積極的に展開されました。企画展「古代出雲の壮大なる交流」は、ヤマト王権、律令制の時代に、神々の国を往来した人と文物にスポットを当て、輝ける出雲を紹介します。


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