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河井寛次郎と古里安来

濱田庄司(はまだしょうじ)や柳宗悦(やなぎむねよし)らと民芸運動を興し、近代日本の陶芸界を牽引(けんいん)した陶工・河井寛次郎(かわいかんじろう)(明治23年〜昭和41年)。
京都市東山区に創作と生活の拠点を置きながらも、古里・島根県安来(やすぎ)市に愛情を抱き続けました。
寛次郎の面影を、安来の町にたどります。

 

 

安来の町並みの写真
安来の町並み

 

 

 

河井寛次郎(京都市・河井寛次郎記念館提供)の写真
河井寛次郎(京都市・河井寛次郎記念館提供)

 

 

 

河井寛次郎「三色扁壷」(昭和38年頃)=足立美術館蔵の写真
河井寛次郎「三色扁壷」(昭和38年頃)=足立美術館蔵

 

 

 

31歳で開いた初個展で「突如彗星(すいせい)が出現した」と陶芸界から絶賛された寛次郎。
パリ万博のグランプリ受賞など国内外で高く評価されましたが、人間国宝への推挙も辞退し生涯無冠を貫きました。
作品は民芸の「用の美」を追求した日用陶器にとどまらず、独創的な陶芸や木彫など多岐に渡り、書や文章でも優れた作品を残しました。
著書「六十年前の今」では、安来の思い出をつづりました。
特産の特殊鋼「ヤスキハガネ」の交易に沸く安来の港町に生まれ育ち、当時の様子を「一と通り入り用のものは、皆町で作られたから仕事の種類は多かった」と紹介。
寛次郎が「用の美」に魅入られた背景には、多種多様な職人の手仕事を好奇心に満ちたまなざしで見つめた原体験があったからかもしれません。
現在のJR安来駅の西寄りにある生家跡には生誕碑が残され、碑の近くには旧家邸宅や酒の旧蔵元が姿をとどめています。
市内屈指の呉服商の本店を修復した「やすぎ懐古館一風亭」は一般公開され、豪勢な造りは往時の繁栄を伝えます。
安来駅の南西には寺院が密集し、寛次郎の父母の墓があった「松源寺(しょうげんじ)」もあります。
寺は高台にあり、京都から墓参に来た寛次郎がしばしば山門から古里の町を眺めたと、寺に逸話が残ります。
寺の奥庭には寛次郎作の灯籠があり、ゆかりの深さを物語ります。
港町を離れると、山あいに名園で知られる「足立美術館」があり、寛次郎コレクションも見どころです。
館内の茶室では、寛次郎命名の和菓子「日の出前」を薄茶に添える趣向も。
あんが層をなす伝統製法「東雲(しののめ)づくり」からイメージを膨らませ名付けた寛次郎に、思いをはせて味わうのも楽しいでしょう。
生誕碑はJR安来駅から国道9号沿いに徒歩5分。
美術館は駅から車で約15分です。

 

 

 

寛次郎作の灯籠の写真
寛次郎作の灯籠

 

 

 

やすぎ懐古館一風亭の写真
やすぎ懐古館一風亭

 

 

 

松源寺山門からの眺めの写真
松源寺山門からの眺め

 

 

 

和菓子「日の出前」の写真
和菓子「日の出前」

 

 

 

足立美術館の陶芸館の写真
足立美術館の陶芸館

 

 

 

マップ

 

 

 

○お問い合わせ
安来市観光協会
(TEL0854・23・7667)

 

 

 


 


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