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大久保石見守長安と石見銀山

天下人・徳川家康に重用され、全国の主要金銀山開発を手掛けた大久保石見守長安(いわみのかみながやす)(1545〜1613年)。
初代奉行を務めた石見銀山(大田市)には6回足を運んでおり、各地に逸話が残ります。
世界遺産にも登録された町を歩き、長安の足跡をたどります。

 

大久保長安の逆修墓の写真
大久保長安の逆修墓

 

 

大久保長安木像の写真(新潟県佐渡市・大安寺蔵)
大久保長安木像(新潟県佐渡市・大安寺蔵)

 

 

大久保長安の位牌の写真
大久保長安の位牌

 

 

山吹城跡の写真
山吹城跡

 

 

大森の町並みの写真
大森の町並み

 

 

釜屋間歩周辺の写真
釜屋間歩周辺

 

 

展望台から見た大森町の写真
展望台から見た大森町

 

 

定めの松の写真
定めの松

 

 

マップ

 

 

甲斐国(現在の山梨県)の武田氏家臣だった長安は、武田氏滅亡後に家康に召抱えられ、土木や鉱山技術、経理に才覚を発揮して出世を遂げました。
1600年、関ケ原の戦いで勝利した家康が石見銀山を手中に収めると、長安が初代奉行に就任。
銀の産出量を飛躍的に増やして佐渡や伊豆の奉行も兼任し、徳川幕府を政治と経済で支えました。
しかし69歳で病没すると、政争から不正蓄財の疑いをかけられ、子息は処刑されるなど、歴史の表舞台から葬られました。
悲運に見舞われた長安の位牌が、大田市大森町の石見銀山資料館に展示されています。
派手好きと言われた長安だけに、金色の輝きを放ち、ひときわ目を引きます。
この大森の町は、石見銀山領の政治・経済の新たな拠点として長安が整備しました。
資料館の建つ代官所跡から南西へ町並みが残り、代官所に勤めた武士(地役人[じやくにん])の屋敷や有力商人の邸宅が江戸時代の風情を伝えます。
町並み地区を抜けると石見銀山公園があり、道は二方面に分かれます。
一方は、かつての銀山開発の中心地だった山吹城(やまぶきじょう)跡のある銀山地区に向かい、
ここには長安が生前に法名を付けて建てた墓(逆修墓[ぎゃくしゅうばか])が残されています。
墓は死後に壊され、1794年に再建されたもので、苔むした石塔が往時の権勢を感じさせます。また大田市温泉津(ゆのつ)町にも長安の逆修塔があります。
もう一方は、銀の採掘・製錬が盛んだった仙ノ山(せんのやま)にある石銀(いしがね)地区に向かいます。
仙ノ山には、長安の名が付けられた大久保間歩(まぶ)と、長安の時代に莫大な献上銀を産出した釜屋(かまや)間歩という二つの主要坑道があり、
坑道や周辺を見学するガイドツアー(3〜11月)が行われています。
大田市と飯南町にまたがる三瓶山(さんべさん)の西の原には、長安による石見検地や一里塚整備の事業で植えられたと伝わる「定めの松」があり、
長い時代を経た今も、大きく枝を広げています。

 


○お問い合わせ
大田市観光協会(TEL0854・89・9090)
石見銀山資料館(TEL0854・89・0846)

 

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