• 背景色 
  • 文字サイズ 

清流日本一高津川歴史刻む悠久の流れ

西中国山地に位置する県境の町・吉賀町を発し、津和野町を経て益田市から日本海に注ぐ一級河川・高津川。
国土交通省の水質ランキングでトップに輝く日本一の清流です。
その流れは天然アユなど川の命を育むとともに、数々の歴史や伝統を今に伝えます。

 

平家伝説の残る集議谷から軍場谷の写真(津和野町左鐙)
平家伝説の残る集議谷から軍場谷(津和野町左鐙)

 

 

吉賀町田野原に広がる平野に、大きく枝を伸ばした一本杉がそそり立ちます。
樹齢1000年を超す巨樹の根元に湧く泉「大蛇ケ池(だいじゃがいけ)」が、高津川の水源地。
スサノオに討たれた八岐大蛇(やまたのおろち)の魂が宿るという池の伝説さながらに、川は全長81キロの"巨体"をくねらせ山を下ります。
太古、瀬戸内海へ注ぐ錦川に最上流部の流れが奪われたため、かつての河床が今の吉賀の平野を形づくります。
その景色が一転し、急峻な渓谷地となるのが中流の津和野町。
ここは源平の歴史絵巻が繰り広げられた土地でもあります。
流れに沿って深い谷間を縫うように敗走する平家、上流から追う源氏。
平家が落とした左の鐙(あぶみ)からその名のついた左鐙(さぶみ)地区には、落人が話し合った集議谷、安徳天皇が休まれた御殿岩(ごてんいわ)、
追手と激しく戦った軍場谷(ぐんばだに)などの地名が残ります。
川が大きく蛇行する難所の晩越(おそごえ)峠では、前方に現れたサギを源氏の白旗と見間違えて敗戦を覚悟したと伝えられ、ここを境に平家伝説は途絶えます。
益田市内に入ると景勝地で知られる支川・匹見川と合流し、川幅はゆったりと広がります。
川辺にがっしりと構えるのは、川の守護神といえる「聖牛(せいぎゅう)」。
大蛇伝説の池を源とする高津川は、その流れの激しさでしばしば周辺に害をなしました。
聖牛は堤防が掘り削られたり決壊したりするのを防ぐため、奈良時代からの伝統工法を改良した工作物。
木組みが牛の角のように突き出した形は景観に溶け込み、周囲に草木が茂って魚や野鳥の安息の場となっています。
高津川が日本海にたどり着いた河口の西は三里ケ浜海岸といい、美しい夕日で知られています。
支川を合わせた流域は、清流ならではのワサビ栽培や川遊びの場になり、夏には水しぶきを上げる子どもたちの歓声が響きます。
周辺は安蔵寺山(あぞうじさん)(1263メートル)や恐羅漢山(おそらかんざん)(1346メートル)など登山スポットも豊富です。

 

 

瀬でアユを狙うサギの写真
瀬でアユを狙うサギ

 

 

一本杉のそびえる水源・大蛇ケ池の写真
一本杉のそびえる水源・大蛇ケ池

 

 

晩越峠の写真
晩越峠

 

 

マップ

 

Copyright(C)2005ShimanePref.AllRightReserved


お問い合わせ先

広報室

島根県広報部広報室
〒690-8501
島根県松江市殿町1番地   
【電話】0852-22-5771
【FAX】0852-22-6025
【Eメール】kouhou@pref.shimane.lg.jp