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石見の根付

ポケットのなかった江戸時代、印籠(いんろう)や巾着、煙管(きせる)とたばこ入れなどを帯につるすため、ひもの先に付けて留め具に用いたのが根付(ねつけ)です。
生活の道具でしたが、生活が豊かになると根付に金をかけるようになり、細かい彫刻の施された根付は、粋な小物としてもてはやされました。
全国各地で産地、流派が形成され、現在の江津市で作られた根付は「石見もの」「石見派」と称され、人気を集めていました。


雪華楼北英「油屋おこん嵐璃寛」の写真(県立美術館所蔵)。左手の先に根付が描かれている
雪華楼北英「油屋おこん嵐璃寛」(県立美術館所蔵)。左手の先に根付が描かれている

文章女「忍ぶ草に蜘蛛」の写真(イノシシの牙)
文章女「忍ぶ草に蜘蛛」(イノシシの牙)

文章女「百足」の写真(イノシシの牙)
文章女「百足」(イノシシの牙)

富春「亀」の写真(水牛の角)
富春「亀」(水牛の角)

富春「蓮葉に蓑亀」の写真(クジラの歯)
富春「蓮葉に蓑亀」(クジラの歯)

文章女「黒柿に蜘蛛」の写真(黒柿)
文章女「黒柿に蜘蛛」(黒柿)

巌水「扇面草図」の写真(象牙)
巌水「扇面草図」(象牙)

清水巌の顕彰碑の写真
清水巌の顕彰碑

印籠と根付をつけた後ろ姿の写真
印籠と根付をつけた後ろ姿

石見根付は、「石見の左甚五郎」と称された名工の清水巌(しみずいわお)(1733〜1810年)を祖とし、娘の小川文章女(おがわぶんしょうじょ)(1764〜1838年)、
孫の小川巌水(がんすい)(1809〜1848年)、さらにその一門が完成させた技巧の根付です。
清水巌は、今の松江市の玉造出身で、13歳で仏門に入りましたが、彫刻の腕を磨くため江戸に出て修業し、やがて江津市嘉久志町に居を構えて根付を作るようになりました。
主に「富春」という銘を使い、写実的で細密な作風に特徴がありました。
文章女は2代目巌、巌水は3代目巌と称され、初代に劣らない名品を残しています。
江津に根付作りが定着した要因としては、江の川の河口に位置し北前船も寄港する、交通の要所であったことに加え、石見銀山にも近く、根付の需要があったためとみられています。
石見根付の特徴は、カエルや亀、ムカデ、クモ、セミ、カニといった身近にいる小動物を図柄としていた点です。
和歌を題材にしたものもありました。材料は、一般的に象牙や水牛の角、ツゲ、黒柿などが多く使われていましたが、石見根付は他の地域や流派では使用しなかったイノシシの牙を用いました。
中国山地に近く、手に入りやすかったためです。
銘を浮き上がらせる「浮き彫り」や、動物の毛などを彫る細かい「毛彫り」などの手法にも優れていました。
明治以降、洋服の普及で根付は次第に廃れ、石見根付もいったん途絶えました。
精緻な造形美が表現された根付は、日本の伝統的な装飾美術品として海外で注目され、多くが流出しました。
石見根付も同様でしたが、江津市の石見根付研究家・七田眞(しちだまこと)氏(故人)が多種の根付を収集し、そのコレクション163点を遺族が同市に寄贈しました。
それらは島根県立石見美術館に寄託され、同美術館は定期的に展示しています。現在も5月6日まで、コレクション展「根付」が開かれています。
江津市教育委員会と同市文化財研究会は清水巌を顕彰するため、昭和49年に「石見の左甚五郎清水巌の碑」と彫られた石碑を江津市嘉久志町の同市立図書館前庭に建立しました。


○お問い合わせ
県立石見美術館
(TEL0856・31・1860)
 

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