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神々の国の宝物(ほうもつ)

日本最古の歴史書「古事記」が編纂(へんさん)されて、今年で1300年になります。
3巻のうち、神話で構成された上巻の3分の1は出雲を舞台にした神話が占めています。
古代においてそれほど存在感があった出雲地方には、それにふさわしい宝物が伝えられており、また新たに見つかった宝物も数多くあります。

荒神谷遺跡から出土した銅剣、銅鐸、銅矛の写真
荒神谷遺跡から出土した銅剣、銅鐸、銅矛

加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸の写真
加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸
 

「平成の大遷宮」として進められている本殿修復などの事業が平成25年3月で完了し、5月に本殿遷座祭が執り行われる出雲市大社町の出雲大社は、
創建について古事記や日本書紀に記述されているほど由緒ある神社です。
宮司を務める千家家(せんげけ)には本殿の平面図「金輪御造営差図(かなわごぞうえいさしず)」が伝わっています。
3本の柱材を金輪で束ね、一つの柱にしたものが9本あり、それが「田」の字状に配置されています。
平成12年に境内遺跡から、3本の柱材を寄せた「宇豆柱(うづばしら)」が発掘され、図に描かれたような本殿が存在していたことが裏付けられました。
昭和59年に出雲市斐川町の荒神谷遺跡から発見された358本の銅剣と、平成8年に雲南市加茂町の加茂岩倉遺跡から発掘された39個の銅鐸は、
弥生時代における出雲地方のイメージを大きく変えるものです。
銅剣はそれまで全国で出土していた銅剣の数(約300本)をはるかに上回り、加茂岩倉の銅鐸も一カ所から見つかったものとしては最多。
荒神谷からは昭和60年に銅鐸6個と銅矛16本も発掘され、これほどの大量の青銅器がなぜ出雲地方に埋納されていたのか、今も謎とロマンを呼んでいます。
また、安来市清水町の清水寺で平成22年に確認された摩多羅神坐像(またらじんざぞう)は鎌倉末期の作で、同像としては日本最古のものと分かり、県の有形文化財に指定されています。
摩多羅神は主に天台系に伝わる秘神で、芸能の神様としても信奉されており、清水寺の座像は笑みを浮かべ、右手で鼓をたたく姿をしています。
こうした宝物は、東京・上野公園の東京国立博物館で10月10日から11月25日まで開かれる特別展「出雲聖の至宝」で展示されます。
いずれも国宝に指定されている荒神谷遺跡の銅剣が42本、銅矛は16本、加茂岩倉遺跡の銅鐸も16個出品されます。
高さが48メートルあったとされる平安時代の出雲大社の10分の1の復元模型も展示されますが、同じく展示される重要文化財の「宇豆柱」は東京では初の披露となります。
出雲大社所蔵の国宝「秋野鹿蒔絵手箱(あきのしかまきえてばこ)」(鎌倉時代)なども展示され、神話の世界で育まれた出雲地方の文化を発信します。


金輪御造営差図の写真(千家家蔵)
金輪御造営差図(千家家蔵)

摩多羅神坐像の写真(清水寺蔵)
摩多羅神坐像(清水寺蔵)

平安時代の出雲大社の推定復元模型の写真(出雲市・吉兆館)
平安時代の出雲大社の推定復元模型(出雲市・吉兆館)

出雲大社の境内遺跡から出土した宇豆柱の写真
出雲大社の境内遺跡から出土した宇豆柱

○特別展
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