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日本の鉱山史を塗り替えた石見銀山の技術

 

江戸時代に書かれた「石見銀山絵巻」の写真(中村俊郎氏所蔵)。坑道内での採掘作業や製錬工程が描かれ、当時の様子を伝えている。

 江戸時代に書かれた「石見銀山絵巻」(中村俊郎氏所蔵)。坑道内での採掘作業や製錬工程が描かれ、当時の様子を伝えている。

石見銀山で練磨された高度な技術

 石見銀山の本格的な開発は、1526年、博多の豪商神屋寿禎(かみやじゅてい)による発見に始まる。折りしも中国において税の銀納制や貿易、商工業の発展で銀需要が高まる一方で、ヨーロッパ諸国や中国の産銀量が低迷していた時期。「寿禎は国際情勢を知り、開発に乗り出したのでは」と、石見銀山資料館館長の仲野義文さんは指摘する。
当初、銀鉱石の精錬は国外で行われたが、石見銀山の鉱石の銀含有率は0.1%程度。輸送経費がかさみ無駄も多かった。そこで、寿禎は宗丹(そうたん)と慶寿(けいじゅ)という二人の技術者を招き、現在でもその原理が使われている銀の精錬技術「灰吹法(はいふきほう)」を朝鮮半島から導入し、現地精錬を可能にした。
さらに採掘方法も時代とともに進化する。初期は地表から銀を直接掘り出していたが、やがて鉱脈に沿って銀を追うように地中を掘り進めるようになる。そして測量技術等が進歩すると、鉱脈に対して直角にトンネルを掘り、ここから鉱脈を掘り進めるようになった。また、湧き出る地下水や鉱山特有の呼吸器病対策として、坑道の下方に平行に穴を掘るなどの工夫によって、換気と排水を行った。さらに、精錬の燃料として使う木材も計画的に伐採、植林を繰り返し、燃料枯渇を防いでいたと伝えられる。
これらの技術は、産銀量が低下した後も「坑夫取立免状」という身分証明書を持った坑夫たちによって、藩の境界を越えて佐渡金銀山(新潟県)や生野銀山(兵庫県)、院内銀山(秋田県)などに伝えられ、日本は「金銀湧き出ずる国」と称されるほどになったのである。

 

石見銀山最大の坑道、大久保間歩(まぶ)の写真。

 

石見銀山最大の坑道、大久保間歩(まぶ)。

 

石見銀山史上最多の銀生産を誇ったといわれる釜屋間歩(まぶ)と岩盤遺構の写真。

 

石見銀山史上最多の銀生産を誇ったといわれる釜屋間歩(まぶ)と岩盤遺構。

 

人々の生活〜銀山とともに〜

 柵内を歩くと、通路の両側に小さな坑道が数多く見られる。公開されている龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)などは比較的大きい坑道だが、多くの坑道は、作業はもとより入れるかどうかさえ疑問に思える小規模なもの。そしてこれらに隣接して平らなスペースがあり、井戸なども残されている。こうした平坦地は柵内に1000カ所以上。銀の精錬跡のほか、キセルや櫛、中国製の陶磁器などの生活用品が発掘された。一定年数以上働いた職人は、採掘した銀の一部を自らの収入にできる制度を導入しており、努力によって豊かな生活が可能だったこともうかがわれる。
国の史跡指定以前から、住民による遺跡保護活動が始まって今年で50年。かつて世界の歴史に多大な影響を与えた石見銀山は、一見すると木々が生い茂るもとの静かな山に戻ったが、その中には気概に満ちた人々の知恵と努力の結晶が残された。そして、日々蓄積される発掘成果と地元に伝わる伝承を重ね合わせながら、人々は誇りを胸に、遺跡と共に生活し、新しいステージに向かって歩んでいる。

石見銀山は、遺跡と豊かな自然環境が一体となって、独自の文化的景観(人間が自然と共生する中で育んできた景観地)を形成する。このような例は、世界的に極めて貴重である。

 

坑道内に湧く水をくみ出した木製ポンプの写真。

坑道内に湧く水をくみ出した木製ポンプ。
(石見銀山資料館所蔵)

 


【石見銀山の歴史】

1309年初めて石見銀山が発見されたという(「銀山旧記」)
1526年神屋寿禎、石見銀山を発見
1533年灰吹法による銀精錬、石見銀山で開始
1556〜1562年毛利氏と尼子氏が銀山争奪戦を展開し、やがて毛利氏が支配
1585年毛利氏と豊臣氏が共同管理
1600年関ケ原の戦の後、徳川氏が領有
1923年休山となる
1967年「石見銀山遺跡」県指定史跡となる
1969年代官所跡、龍源寺間歩など14カ所国指定史跡となる
1987年大森、銀山の町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定
2001年世界遺産暫定リストに登載
2002年「銀山柵内、山城跡、港湾」国史跡追加指定
2004年大田市・温泉津町・仁摩町の景観保存条例制定・温泉津の町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定
2005年「石見銀山街道(鞆ケ浦道、温泉津沖泊道)、宮ノ前地区」国史跡追加指定・「銀山柵内、羅漢寺五百羅漢、鞆ケ浦集落、沖泊集落」国史跡追加指定
2006年世界遺産登録推薦書をユネスコに正式に提出イコモス(国際記念物遺跡会議)による現地調査
2007年世界遺産委員会において世界遺産登録が決定(7月)


石見銀山ガイドの会

 石見銀山史跡の歴史や地元ならではの情報を伝えようと、平成12年に地元住民を中心に結成。当初はボランティアで活動を行っていたが、責任と誇りを持って活動をしようと平成18年より有料化。現在57人のガイドが価値や魅力を分かりやすく伝えようと日夜努力を積む。「基本的な石見銀山の技術をおさえながら、山の中の遺跡が世界につながっているということを伝えたいと考えています。観光、学習や研究など来訪者のご要望にお応えして、四季折々の風情も交えながら、石見銀山のさまざまな魅力をご案内したいと思います」と同会会長の西本俊司さんは語る。

 

世界遺産遺跡登録決定!石見銀山展

●会期7月14日(土)〜9月24日(月)

●会場島根県立古代出雲歴史博物館・石見銀山資料館(2館同時開催)

※詳細はインフォメーション(トピックス)

 

石見銀山・アクセス■石見銀山へのアクセス

【空路】

■東京→出雲:1時間20分

■大阪→出雲:55分

■福岡→出雲:1時間10分

【車】

[関西方面から]中国自動車道(落合J・C・T)→米子自動車道→山陰自動車道→宍道I・C→R9→大田市

[九州・四国・広島から]しまなみ街道→山陰自動車道(広島J・C・T)→浜田自動車道(大朝I・C)→R261→川本町→大田市

【JR】

[東京・大阪から]新幹線→岡山駅→伯備線→米子駅→山陰本線→大田市

[九州から]新幹線→新山口駅→山口線→山陰本線→大田市駅

 

[お問い合わせ]

●大田市観光協会TEL.0854-89-9090

●石見銀山ガイドの会TEL.0854-89-0120

●島根県観光連盟TEL.0852-21-3969

[しまね観光ナビ]ホームページhttp://www.kankou.pref.shimane.jp/(外部サイト)

 

■石見銀山の詳しい情報は島根県世界遺産登録推進室ホームページ

https://www.pref.shimane.lg.jp/sekaiisan/iwami-ginzan/

 

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【FAX】0852-22-6025
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