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特集1

 未来へつなぐ、島根の遺産-悠久の時を超えて-

出雲大社本殿再現イメージ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平安時代(10世紀)の出雲大社本殿を再現したイメージ。その高さは16丈(約48メートル)にも及ぶ。

 

眠りから覚めた古代出雲大社の記憶

 神々と神話のふるさと島根。その源ともいえる出雲大社の東隣に、平成19年3月10日、島根県立古代出雲歴史博物館が開館する。同館では特色ある古代文化を中心に島根の貴重な歴史文化を分かりやすく紹介し、日本とは何か、日本文化とは何かを問いかけていく。


 

 縁結びの神として知られる大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)をまつる出雲大社。本殿は全国の神社の中でも随一の高さを誇り、古代には16丈(約48メートル)、あるいは32丈(約96メートル)の高層神殿だったと伝承されてきた。

 「雲太(うんた)、和二(わに)、京三(きょうさん)」。これは、平安時代に公家の子ども用に編さんされた教科書『口遊(くちずさみ)』の一節で、当時の高層建築を表したもの。「雲太」とは出雲大社本殿のこと。「和二」は大和の東大寺大仏殿。「京三」は平安京大極殿。出雲大社本殿が最も高い建築物として人々に記憶されたのである。このほかにも神話や絵図、国造家(こくそうけ)に伝わる設計図などによって、古代本殿の巨大ぶりは変わらず伝えられてきたが、証拠となる出土物はないままであった。

 ところが平成12年、出雲大社境内から3本束ねの巨大柱が3カ所から出土した。後の調査研究によって鎌倉前期のものと分かり、神話や伝承、古図が一挙に真実味を帯びた。「柱はどんな上屋を支えていたのか?」「なぜ、ここ出雲に?」。巨大柱を巡り、新たな謎解きが始まった。

 

宇豆柱

 

 

出雲大社境内遺跡で発見された3本束ねの巨大な柱。1本の柱材が直径1.35メートルもある杉の大木を3本束ねたもので、その太さは直径3メートルにも及ぶ。現在の出雲大社本殿の宇豆柱(うづばしら)が直径0.87メートルであることからも、その巨大さがうかがえる。

 

 

 

 

 

 

 

金輪御造営差図(かなわのごぞうえいさしず)

 

 

古代出雲大社の図とされる「金輪御造営差図(かなわのごぞうえいさしず)」(千家尊祐(せんげたかまさ)氏蔵)。本殿の平面図で、構造材寸法のほかに、引橋(ひきはし)(階段のこと)の長さが1町(約109メートル)あったことなどが記されている。

 

 

 

 

 

 

鎌倉時代前半の本殿復元模型

巨大柱が支えていた鎌倉時代前半の本殿復元模型。現代を代表する5人の建築学者が、発掘成果をもとに文献や絵画資料を駆使し、建築学のあらゆる知識を総合して上屋構造を推定復元。高さ、色、形、まさしく「5者5様」の出来ばえとなった。

 

 

 


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