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島根県農業試験場研究報告第4号(1961年3月)p1-171


麦類黄色銹病菌夏胞子世代の越年に関する生理生態的研究


尾添茂

摘要

 わが国において麦類苗銹病は毎春発生しているが、この秋季発生はただ北海道で認められているに過ぎない。本報においては本病菌夏胞子世代の越年に関して行なった生理生態学的研究を述べた。その結果の概要は次のとおりである。

 

1.夏胞子世代による越冬に関する研究

 

  • 低温下における夏胞子堆の裂開成熟、成熟した夏胞子堆からの夏胞子形成、夏胞子の発芽、小麦、大麦体への感染を調べた結果、いずれも低温になるほど遅くなるが0度C付近でも可能であった。

 

  • 屋外の小麦、大麦に人工接種して潜伏期間をみると1月上旬接種は37日、2月上旬接種は26日、4月や11月接種は15−16日をもって夏胞子堆が成熟した。恒温下で実験すると15、20度Cでは13−19日、10度Cでは16−22日、5度Cでは37−63日で夏胞子堆が成熟した。潜伏期間はまだ光線、品種、施肥量、感染部位などによっても変異し、一般に感染後の遮光、罹病性品種、少肥の小麦、大麦、上位の葉身では短かく、感染後の遮光、抵抗性品種、多肥の小麦、大麦、下位の葉鞘、稈、葉身では長びく傾向がある。

 

  • 夏胞子は−5度C12日、−10度C4日(氷結、乾燥、夏胞子単独、病葉付着とも)、−30度C3時間(氷結)、−13度C7日、−13度C0.01気圧、0.01気圧7日にも耐え、−5度Cで氷結し毎日とかすことをくりかえしても12日後になお生存するものを認めた。夏胞子が懸滴中で発芽した菌糸は−5度C30分、−10度C10分で生存し、−5度C60分、−30度C30分で死滅した。小麦、大麦体内へ侵入した菌糸は低温に甚だ強く、−5−−7度C16−48時間、−10−−13度C3時間では生存し、およそその葉が凍結等によって枯死しないかぎりは生存するものと推定された。品種や施肥の状況によっても異なる。

 

  • 秋季、実験的に屋外の小麦、大麦(出雲市)に黄銹病菌を接種感染させておくと容易に発病を継続して越冬した。冬季厳寒時に病勢はー時衰えるが病葉は絶えることなく、発芽力ある夏胞子を常に飛散しつづけ、またほとんど全期間、野外の自然条件下気温で夏胞子は発芽し得た。冬季病葉上の夏胞子は42−68日も生存し、屋外の風雲、日射にさらされても1力月以上、離脱した夏胞子でも1力月以上生存した。冬季病葉が土中に埋没された場合、病葉中の菌糸は20−30日は生存した。島根県の高冷地赤来町下赤名(海抜443m、根雪1カ月)においても病葉、または潜伏菌糸の形で容易に越冬し春の伝染源となった。なお出雲市ではアオカモジグサ、カモジグサ上でも容易に越冬した。

 

  • 夏胞子の浮遊量は病勢の消長と密接な関係があった。早春浮遊量が多くなるにつれ、それまで発病面積が狭かったものが急に拡大する。夏胞子の飛散はー般に夜間より昼間に多く、昼間ではその前半に多い。気温が上昇し、関係湿度も概して低くなって風の強いときに飛散が多い。

 

  • 調査の徹底を期するため隠岐島を選んで2カ年全島の麦類銹病の秋季発生を踏査し、小銹病58(1951)、53(1952)地点をはじめ赤銹病,白渋病等は発見できたが黄銹病は全く発見されなかった。しかし同島では両年ともその翌春になって黄銹病の初期発病が認められた。

 

  • 以上のように少なくともわが国暖地では越冬は極めて容易と考えられるのに本病の秋季発生すらみられないことは、夏胞子世代による本病越年の問題点が冬季にあるのではなく夏季に存在することを示唆する。

 

2.夏胞子世代による越夏に関する研究

 

  • 感染部に出現した夏胞子堆の裂開成熱や成熟した夏胞子堆からの夏胞子形成は30度Cのような高温でも可能である。高温下で形成された夏胞子も新鮮であるかぎり普通のように発芽し、寄主への感染も可能である。しかし、夏胞子発芽、小麦、大麦体への感染は22度Cで著るしく劣り24度Cが高温限界で、26度Cでは不能であった。

 

  • 夏胞子は栽培麦類収穫後約15日間浮遊し、それ以後は採集されなかった。地上約15mの高さにおいてもこの期間浮遊していた。島根県下小麦、大麦作地帯各地での刈取り罹病麦稈上の夏胞子は6月末、まれに7月上旬(収穫後、概ね15−20日)までしか生存しなかった。寄主より離脱した夏胞子も野外で自然発芽したり自滅し、陽光にさらされるところで5−10日、日陰で15日後に生存力を失い、いずれも短命であることを認めた。

 

  • 夏季も小麦、大麦を栽培し接種源として病植物をおいた場合、島根県内平坦地や中山間部(海抜445m)では、しばらくの間は感染発病をつづけるが6月末−7月上旬までしか発病を継続できず、本病菌は生活小麦、大麦上で越夏しなかった。海抜約800m付近においては8月下旬わすかの病葉を認めたが越夏しなかった。しかし海抜約1,370m(大山中腹)では自然感染をつづけ本病菌の越夏を確認した。また標高の低い場所でも特殊環境地(海抜約800m、風穴付近、15度C以下)では生活小麦、大麦上で発病を継続して越夏した。生活小麦、大麦上での本病菌越夏の能否は夏季の温度が主要な原因と思われる。

 

  • 生活小麦、大麦上で本病菌が越夏し得ない場所における本病の消滅時期は必すしもー様ではなく、品種、施肥量などによっても異なる。一般に罹病性の寄主および品種、多肥状態で生育した小麦、大麦上での消滅時期はややおくれる。しかしこの場合でも島根県平坦部で6月末−7月上旬までしか発病が認められない。発芽力ある夏胞子はこの地万の自然条件下気温で7月上旬まで発芽が可能、中旬以降盛夏時は不能となり、また感染発病は6月中旬までは可能であったが6月末より7月上旬以降盛夏時には不能となった。

 

  • 夏季、病葉は昇温によって早く衰弱するが夏胞子堆消滅のほとんど直前まで、発芽力ある夏胞子をわずかづつ形成し、飛散する。高温によって夏胞子の形成や発芽が阻害されるにさきだち、まず生活寄主体内に侵入している菌糸の生長が抑えられるものと推定される。

 

  • 夏から秋へむかって、気温が降下するに伴ない夏胞子の発芽が再び可能となり小麦、大麦体内への感染発病も再び可能となるが、島根県平坦部でこれは概ね9月中下旬以降であった。すなわち島根県平坦部では6月末−7月上旬より9月上中旬に至る70−80日間が夏胞子世代による本病菌越年上障害となっている期間といえる。
    気象資料からみると気温上昇の際、半旬別平均気温が約23度Cを越したり、半旬別最低気温が20度C以上になると本病は消滅のー途を辿り、それ以下になると再び感染発病がみとめられる。

 

3.寄主植物に関する研究

 

  • わが国に自生、または栽培されているイネ科植物の幼苗に人工接種した結果、小麦菌に対してはクレステッド-ホィートグラス、アオカモジグサ、タチカモジグサ、オオタチカモジグサ、タリホノオオタチカモジグサ、エゾカモジグサ、アズマガヤ、マウンテン-ブローム、Bromussitchensis、ムギクサが罹病性、トール-オートグラス、野生エンバク、レスクグラス、スズメノチャヒキ、ドジョウツナギは夏胞子堆を形成したが抵抗性であり、カモジグサ、カズノコグサ、キツネガヤ、ライムギはその中間に位し、シバムギ、リード-カナリーグラスへの感染は極めて、不安定であった。大麦菌に対してはクレステッド-ホィートグラス、アオカモジグサ、タチカモジグサ、オオタチカモジグサ、タリホノオオタチカモジグサ、エゾカモジグサ、アスマガヤ、ムギクサが罹病性、トール-オートグラス、野生エンバク、レスクグラス、スムース-ブロムは夏胞子堆を形成したが抵抗性で、カモジグサ、マウンテン-ブローム、キツネガヤ、はその中間に位し、ザラゲカモジ、シバムギ、Bromussitchensis、リード-カナリーグラス、ライムギは感染すれば多くは罹病性であったが発病葉数は少なく不安定であった。成植物の場合には幾分感受性が低下したがアオカモジグサ、タチカモジグサ、オオタチカモジグサ、アズマガヤ、ムギクサは罹病性、カモジグサ、マウンテン-ブロームは中度罹病性でレスクグラス、ライムギ、トール-オートグラスは抵抗性であるが発病して夏胞子堆を生じた。
    以上、小麦菌、大麦菌を通じて24種類の小麦、大麦以外のイネ科植物に感染可能であることが判明したが、とくにBromus,Agropyronに感受性植物が多い。またわが国に自生していないHordeum野生種への接種結果についても述べた。

 

  • これらのイネ科植物に対する野外の自然感染はアオカモジグサ、カモジグサ、レスクグラス、カズノコグサ、マウンテン-ブローム、タチカモジグサ、オオタチカモジグサ、キツネガヤ、アズマガヤ、クレステッド-ホィートグラス、スズメノチャヒキに、ガラス室内でアオカモジグサ、タチカモジグサ、カモジグサ、オオタチカモジグサ、タリホノオオタチカモジグサ、ザラゲカモジ、エゾカモジグサ、アズマガヤ、レスクグラス、マウンテン-ブローム、カスノコグサ、ムギクサ、リード-カナリー-グラス、ライムギに認めた。

 

  • 島根県地方で最も普遍的に自生し、自然感染もよくみられるアオカモジグサ、カモジグサは各同一の種内においても産地によって感受性にかなりの差があり、免疫性から極く罹病性のものまで感受性の異なる系統が自生している。外観同一形態でも感受性の違いがある。さらにまた同一地帯に自生するアオカモジグサでも感受性の異なる系統が混生していた。

 

  • 感受性イネ科植物の夏季における生態を出雲市で調べると、株が完全に枯死してしまうもの(ムギクサ、スズメノチャヒキ等)、緑葉が盛夏一時中絶するもの(アオカモジグサ、オオタチカモジグサ等)、盛夏一時緑葉の数を減じ衰弱するもの(レスクグラス、カズノコグサ等)、夏季も常に緑葉がみられるもの(エゾカモジグサ、クレステッド-ホィートグラス等)に分けることができる。

 

  • 出雲市で感受性イネ科植物が夏季も生育するように栽培し、本病菌を感染させておくと6月末まで発病を継続したが、盛夏には全然みられず本病が消滅することが明らかとなった。概して感受性の高い種類が本病消滅の時期もおくれたが、この場合でも小麦、大麦とほぼ同時期であって、本病菌の越夏に対して麦以外のイネ科植物が小麦、大麦より本質的に好都合の条件をもっているとは考え難い。

 

4.夏胞子および寄主体内菌糸の生存に関する研究

 

  • 夏胞子の生存には低温乾燥がよく、最良の条件は5度C、関係湿度40%に保存した場合で232日、別の実験においては444日間も生存を認めた。15度C湿度5%で147日、15度C40%湿度で113日生存した。20度C以上では温湿度条件その他を種々かえてみても生存には極めて不利であり、25度C以上で30日間も生存し得た場合ははなはだ少なく、5度C以下0度C付近までの低温が良好であった。空気中の酸素はある程度、除去する方が生存に有利の傾向があり、光線は暗い方が有利と認められた。高温下で減圧して保存しても生存に必すしも有利とはいえなかった。以上の外囲条件のうち温度、次で湿度が最も強く影響した。

 

  • 夏胞子堆が形成されるまでの寄主の側の条件も夏胞子の生存力を左右する。夏胞子堆形成部位については上位の葉や、上位の節間のような生活力の旺盛な部位の夏胞子堆から生じた夏胞子の生存力が大で、品種や寄主の種類では罹病性のものから生じた夏胞子の生存力が大であった。小麦、大麦への遮光はそこそこ形成された夏胞子の生存を短かくし、施肥からみると三要素が十分施されている小麦、大麦の夏胞子がやや長く生き、無燐酸に育った小麦、大麦上のものは短かい傾向があった。発病時期の差異については余り大きな影響がなく、小麦、大麦の成育ステージによる差は明瞭でなかった。しかしー般に新鮮な夏胞子であるかぎり極端な生存力の差異はなく、夏胞子形成後の外囲条件、とくに温湿度が最も強く生存力を支配しているものと認められた。

 

  • 夏胞子は湿熱に対し、小麦菌は46度C5分、大麦菌は44度C5分で死滅した。乾熱に対しては小麦菌が25度C16日、30度C9日、35度C5日、50度C5時間、70度C10分、大麦菌は70度C20分で死滅した。

 

  • 寄主体内に侵入している菌糸は19、21度Cでは25日間は生存し、22度C以下では処理温度で発病が可能であったが、24度C以上では処理中に発病し得ず、24度C19日、26度Cで15日、27度Cで13日、30度Cで2−5日、38度Cで5時間で死滅するものと判定した。

 

  • 高温に対する寄主体内菌糸の抵抗力は寄主の状態によっても多少差がある。寄主の種および品種はその感受性の高いものが、小麦、大麦への施肥はある程度施肥したものが、生活寄主体内菌糸の高温抵抗力がやや強かった。成育ステージの差は顕著でなかったが、ある品種では成育ステージが進むことによって劣った。また菌糸の寄主体内における蔓延の程度もその抵抗力に影響しとくに夏胞子堆が出現裂関した直後の体内菌糸は、潜伏期間中の体内菌糸より高温に強いことが認められた。

 

  • 実地の夏季気温の変動に似せるため、接種小麦、大麦を18、22、26度Cを中心に夏季わが国で最も多い気温の較差8度Cすなわちプラスマイナス4度Cの変動を与え、昼はー定時間高く、夜は一定時間低い条件で処理した。その結果、最高最低の平均温度18、22度Cの処理では生活寄主体内菌糸は15日は生存し処理中に発病したが、平均温度26度Cの各区は菌糸が10日は生存し、15日には死滅、かつ処理中に発病することはなかった。

 

  • 接種小麦、大麦を25、28、30、32どCの温度で毎日一定時間処理し、残りの時間は毎日適温下においた場合の生宿寄主体内菌糸の死滅について実験した。その結果、25度Cが毎日15時間ずつ20日間つづくと、ほとんどの体内菌糸が死滅し、生存をつづけた品種もあったが甚だ弱まった。おそらく、もう少し処理日数が長くなれば完全に死滅するものと推定された。また25度Cで毎日20時間ずつ20日処理すると、体内菌糸の生存は全く認められなかった。この結果を出雲市における夏季、気温の自然上昇の推移と比較してみると、生活小麦、大麦上での越夏が不可能であることがわかり、本病消滅の時期より少しおそいが、おおむね符合することを認めた。

 

  • 出雲市において夏季、小麦、大麦の出現葉の生存日数を調査した結果は、品種、光線その他の条件によって異なるが小麦は20−40日、大麦は20−30日程度であった。盛夏50日間も夏胞子発芽の不能期をもつこの地方においては、この点からも小麦、大麦葉内菌糸の生存は至難と考えられる。

 

  • 夏胞子による伝染が行なわれない夏季、本病菌の越夏を左右するものは夏胞子および生活寄主体内菌糸の生存であるが、上記によってー般に夏胞子自体での越夏が困難なことが示唆される。夏季における生活寄主体内菌糸の生死を基準に夏胞子世代による越夏の能否を理論的に判定することは、さしたる不都合はないものと思われ、とくに気温変動を加味した(6)、(7)の結果を利用すれば越夏の可能地と不可能地を推察することが可能であろう。

 


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