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石見銀山(遺跡)とは

 

石見銀山遺跡の概要

石見銀山遺跡の位置

 

仙ノ山

 石見銀山遺跡は、東西に長い島根県のほぼ中ほど、旧温泉津町、旧仁摩町を含めた大田市の広い範囲に分布しており、その中心となる大田市大森町は、JR山陰本線大田市駅から約11kmの南西部にあります。

 17世紀初頭には支配体制を確立するため、柵を巡らして柵内と柵外を区分しました。この柵内(さくのうち)の範囲は、江戸時代の「正保二年石見国絵図(1645年)」によれば東西2.2km、南北2.5km、面積は約300haにもなります。

 

石見銀山の位置

 

 

 

正保二年石見国絵図

 

 

 

 

 

 

 


石見銀山遺跡の範囲(世界遺産に登録された資産)

 

 「石見銀山遺跡とその文化的景観」は、平成19年7月第31回世界遺産委員会で世界文化遺産に登録されました。

 世界遺産は14の資産で構成され、面積は529.17ha(下記参照)、それぞれ「銀鉱山跡と鉱山町」、「港と港町」、「街道」の3つの分野に分類されます。

 

 「銀鉱山跡と鉱山町」は、16世紀から20世紀にかけて採掘から製錬まで行われた鉱山跡を中心として、銀の生産及びこれに関連する生業に携わった人々の居住地区、これらを軍事的に守った周囲の山城跡から成ります。(現在居住地区として残るのは、「大森」と「銀山」です。この区域は、江戸時代に鉱山を囲った柵の内外を区分して呼称したことに由来し、現在も谷のおよそ西半の地域を「銀山」地区、東半を「大森」地区と呼んで区分しています。)

 

 「街道」は、銀鉱山と港との間を結び、銀鉱石及び銀をはじめ諸物資を輸送した2本の運搬路から成ります。

 

 「港と港町」は、銀鉱石及び銀を積み出し、銀山で必要とされる諸物資を搬入した港湾とその関連施設、搬出入に関わった人々の居住地区から成っています。

 

 次に14の構成資産の概要を紹介します。

(下の図をクリックするとpdfファイルが開きます、区域変更後の図面です)

石見銀山遺跡の位置図

 

世界遺産の構成資産の所在場所

遺跡の主な所在地(島根県大田市)

鉱山・鉱山町

大田市大森町

大田市仁摩町大国

街道

鞆ヶ浦道

大田市大森町から同市仁摩町大国、馬路にかけて

温泉津沖泊道

大田市大森町から同市温泉津町西田、湯里、温泉津にかけて

港・港町

鞆ヶ浦

大田市仁摩町馬路

温泉津、沖泊

大田市温泉津町温泉津

 
 

世界遺産の構成資産の範囲変更(拡大)平成22(2010)年

 石見銀山遺跡は、平成22(2010)年8月の第34回世界遺産委員会で軽微な変更(構成資産の境界見直し)が承認され、資産範囲を拡大しました。

面積の推移

 

当初

(2007年)

変更後

(2010年以降)

構成資産の面積

442.40ha

529.17ha

緩衝地帯の面積

3,220.59ha

3,133.83ha

1.銀鉱山跡と鉱山町

 16世紀前半から20世紀前半にかけて操業された銀鉱山の開発の諸様相を良好に残す鉱山本体と、それに伴って発達した鉱山町および支配関連の山城跡。

構成資産:銀鉱山跡と鉱山町

(1)銀山柵内

(ぎんざんさくのうち)

16世紀前半から本格的に開発され、20世紀まで操業された銀鉱山遺跡の本体。江戸時代初め柵で厳重に囲まれていたことからこの名がある。銀の生産活動はもちろんのこと、生活・流通・信仰・支配に関わる遺構・遺物が良好に残る。

(2)代官所跡

17世紀に銀山柵内から大森地区に移転した石見銀山支配の中枢施設跡。

1800年頃再建された表門・門長屋の建築遺構が残る。

(跡地には、1902(明治35)年邇摩郡役所が建築され、その建物は現在石見銀山資料館として利用されている)

(3)矢滝城跡

(やたきじょうあと)

石見銀山を防御するための山城遺構の一つで、温泉津沖泊道が近くを通る。中世山城の立地・形態をよく留める。

(4)矢筈城跡

(やはずじょうあと)

石見銀山を防御するための山城遺構の一つで、温泉津沖泊道を挟んで矢滝城と対峙する。中世山城の立地・形態をよく留める。

(5)石見城跡

(いわみじょうあと)

石見銀山を防御するための山城遺構の一つで、仁摩方面に出る街道沿いを守備する。中世山城の立地・形態をよく留める。

(6)大森銀山重要伝統的建造物群保存地区

鉱山に隣接して発展した、江戸時代幕府の直轄地の石見銀山附御料150余村の中心町。武家・商家の旧宅や、社寺などが混在してよく残る。昭和62年の国選定。

(7)宮ノ前地区

大森地区の代官所跡近くで発見された、16世紀末〜17世紀初頭の銀精錬工房跡。

(8)重要文化財熊谷家住宅

(くまがいけじゅうたく)

大森地区における最大規模の商家建築。有力商人の地位や生活の変遷を最もよく示している。

(9)羅漢寺五百羅漢

岩盤に3つの石窟を穿ち、石造の三尊仏と五百羅漢坐像500体を安置する。18世紀中ごろの制作で、石見銀山の石造物文化を代表する信仰遺跡。

2.街道(石見銀山街道)

 石見銀山から二つの港湾に向けてつながる、銀・銀鉱石と諸物資の輸送路。

構成資産:街道

(10)鞆ヶ浦道

(ともがうらどう)

鞆ヶ浦が銀・銀鉱石の積出港として機能していたときに利用された全長約7kmの街道。

(11)温泉津沖泊道

(ゆのつおきどまりどう)

石見銀山の外港であった温泉津・沖泊と柵内を結ぶ全長約12kmの街道。17世紀初頭に尾道道が開発された以降も銀山と港を繋ぐ幹線路であった。

3.港と港町

 石見銀山で産出した銀・銀鉱石の積み出しに利用された二つの港湾と、これに隣接して発達した港町および港湾集落。
構成資産:港と港町

(12)鞆ヶ浦

(ともがうら)

16世紀前半から中ごろにかけて銀。銀鉱石を博多に積み出した港。船の保留用に自然の岩盤をくり抜いた鼻ぐり岩などが中世港湾を彷彿とさせる。繁栄した頃の土地利用を引き継ぐ集落景観も貴重である。

(13)沖泊

(おきどまり)

主に16世紀後半の約40年間、銀の輸送や、石見銀山への物資補給、軍事基地として機能した港。二つの城跡や鼻ぐり岩などが往時を偲ばせる。温泉津と一体となって歴史を重ねた場所であり、集落は往時の土地利用を今に引き継いでいる。

(14)温泉津重要伝統的建造物群保存地区

石見銀山の外港として発展した温泉のある港町。江戸時代以来の町割りをよく残し、町屋、廻船問屋、温泉旅館、社寺等の伝統的建造物がよく残る。平成16年、温泉町としては日本で唯一の国選定を受けた。

 

 

石見銀山の歴史

 

世界に知られた石見銀山

 

石見銀山の歴史年表

 

 


 


お問い合わせ先

文化財課世界遺産室

〒690-8502 松江市殿町1番地
島根県教育庁文化財課 世界遺産室
電話0852-22-5642,6127  FAX 0852-22-5794
sekaiisan@pref.shimane.lg.jp