「八束(やつか)水臣(みづおみ)津野(づのの)命(みこと)、(中略)『栲衾(たくぶすま)志(し)羅(ら)紀(き)の三埼を、国の余り有りやと見れば、国の余り有り』と詔りたまひて…」
「出雲国風土記」は、島根半島の一部の成り立ちについて、現在の韓国・慶尚北道周辺に当たる朝鮮半島の新羅から切り離した土地を、綱で手繰り寄せ、縫い足して創造したと記す。
「国引き神話」は、先人の想像力の壮大さと同時に、私たちが暮らす島根県と朝鮮半島の間に、いにしえから深い結びつきがあったことを教えてくれる。
「絆」は連綿と続いた。日本海はまさに、人、物、そして文化を運ぶ「海道」だった。室町時代には、幕府への高麗の使節が、今の出雲市大社町に着き、京都へ向かったとの記録が残る。江戸時代には、互いに漂着民を保護し、丁重に送り返すなど、水面(みなも)には「融和」の文字が浮かび上がっていた。
そういった「縁(えにし)」を土台に、島根県と慶尚北道は1989年、姉妹提携を結んだ。2005年3月の「竹島の日」条例制定を発端に、自治体間交流は途絶えてはいるが、人々の間には、長年にわたって培い、強めた「心」のつながりがある。
その信頼、思いは揺るぎなく、断つことはできない。

2005年7月に大田市の「あすてらす」で開かれた日韓親善交流伝統芸能共演フェスティバルで韓国民謡を披露する韓国の少女ら(山陰中央新報社提供)


国際交流担当の楫龍夫さん(52)
=大田市
少子化の影響で、一時途絶えていた子ども神楽を2000年、大田市土江地区で復活させました。 =大田市
大田市は、韓国・大田広域市と姉妹提携しています。それが縁で、大田広域市が03年に開いた青少年フェスティバルに招待を受け、団長として子どもらを引率して参加し、土江地区に300年続く伝統芸能を披露しました。
そのお返しに、大田市で昨年7月開催された日韓親善交流伝統芸能共演フェスティバルに、大田広域市の国際交流文化院を通じて、韓国の伝統芸能を習っている子どもたちを招きました。
神楽団の子どもの中には言葉が通じず、尻込みする子もいますが、多くは交流したり、異文化と触れ合うことで、たくましく成長しています。
子どもたちには、韓国に限らず、海外との交流を続け、国際感覚を磨いてもらいたい。そして将来、国境を越えて、仕事をするような人材が育ってくれれば、と期待しています。


事務局長の林繁幸さん(55)
=松江市
交流は、2001年に第1回八雲国際演劇祭が開かれた際、韓国の劇団のメンバーをホームステイさせたのが縁でした。 =松江市
その劇団を率い、来県したのが、韓国芸総慶尚北道連合会長の辛相律さん。親善を深め、辛さんが団長を務める韓国・慶北文化交流団が02年に来県した折には、松江市での交流文化祭の開催に向け、バンドのメンバーが東奔西走しました。
03年には、慶尚北道の聞慶市で開かれた韓日文化交流音楽祭に招待を受け、演奏しています。日韓友情年の昨年も、記念事業に招待されていましたが、これは残念ながら中止となりました。
日韓両国は政治的な問題を抱えています。ただ、それにより、これまで築き上げた交流関係が途絶えていいのか、という気がします。私たちは、音楽交流をしていますが、それはあくまで一つの手段。『人と人』『心と心』の交流を大切にしていきたいと考えています。


代表の梅津光子さん(50)
=松江市
2004年末に韓国へ旅行した際、同年2月まで3年間、慶尚北道から島根県に派遣され、私がテニスのレッスンを受け持っていた李應源さんに再会しました。それをきっかけに、慶尚北道・亀尾市のテニスグループとの交流を始めました。 =松江市
昨年7月には、私のテニス仲間11人で亀尾市を訪問。逆に、9月には同市から李さんの仲間12人が来県され、プレーに汗を流しました。
千鳥クラブは、この交流のために作ったもので、松江城の別名「千鳥城」にちなみ、李さんが命名しました。
テニスで使う用語は、英語が多く、言葉の壁は感じません。何より、国は違っても、互いの思い、考えているプレーは分かるものです。このため、日韓でペアを組んでも、何の支障もなく、楽しめます。それがテニスの素晴らしいところです。
今後も、大邱広域市内でテニスをしている人たちなどと、交流の輪をどんどん広げていきたいと思っています。
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