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連載随筆・八雲が見た日本

 

今も神秘的な雰囲気を残す、八重垣神社の「佐久佐女(さくさめ)の森」(松江市)八雲がとらえた日本の面影・イギリスに渡った出雲の文化資源 小泉凡

 (左写真)今も神秘的な雰囲気を残す、八重垣神社の「佐久佐女(さくさめ)の森」(松江市)

 

 松江で、家々の入り口に貼られた不思議な白い紙はたちまち八雲の興味をそそった。「それはお札、つまり聖句や呪文を記した紙で、私はそういうものの収集に夢中になる人間のひとり」(「神々の国の首都」)だと告白している。お札収集の小旅行を毎週末のように行っていたことは、教え子の根岸磐井や北堀時代の女中だった高木ヤオらが証言している。お札ばかりではなく、出雲の神々の系譜が描かれた掛図や出雲大社で明治11年の古伝新嘗祭(こでんしんじょうさい)で使用された火鑽臼(ひきりうす)、火鑽杵(ひきりきね)も西田千太郎を介して入手した。その目的はコレクターとしての自分本位の収集ではなく、当時世界の宗教具コレクションを拡充していたイギリス、オックスフォードのピット・リヴァーズ博物館へ出雲の文化資源としての護符や宗教具を寄贈するためだった。当時の博物館長はエドワード・バーネット・タイラーという著名な進化主義人類学者で八雲の敬愛する人物でもあった。また、ふたりの間にたったチェンバレンにも喜んでもらいたかったのだろう。
  昨年6月、オックスフォードの博物館を訪ねると、出雲大社の火鑽(ひきり)は今も単独の展示ケースでその雄姿を飾り、八雲が当地で集めたとみられる護符類も12社寺、50点を有に超えていることがわかった。そして八雲がお札とともに仲介者のチェンバレンに書き送った知られざる書簡も5通みつかり、そのうち1891年4月5日付けの書簡では、八重垣神社の鏡の池一帯に広がる「恋人たちの杜」の美しい霊性をほめたたえ、「出雲の宗教文化は力強く、雄雄しく、威厳がある」と訴えていた。
  今年も初詣の際に災難よけや招福祈願の護符をもとめた方も多いのではないか。護符の小型化、薄型化が急速に進む昨今だが、もっとも身近な呪物として護符に祈るアニミズム的精神は今に継承されている。それを美しいと感じた八雲の心が、ピット・リヴァーズ博物館には出雲のお札とともに保存されているのだ。
 

小泉八雲 ラフカディオ・ハーン (1850―1904)

ギリシャ生まれの作家。幼少期を父の実家のあるアイルランドで過ごす。1890(明治23)年8月から1年3カ月を松江で過ごす。日本の伝統的精神や文化に興味を持ち、「知られぬ日本の面影」をはじめ多くの作品を著し、日本を広く世界に紹介した。松江で武家の娘小泉セツと結婚。後に帰化し、小泉八雲となる。
      

 小泉 凡(こいずみ・ぼん)

1961年東京生まれ。成城大学・同大学院で民俗学を専攻。1987年に松江赴任。

現在、島根県立大学短期大学部准教授。

ほかに小泉八雲記念館顧門、山陰日本アイルランド協会事務局長など。ハーン直系の曾孫にあたる。

 


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