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シマネスク56号

現代に生きる出雲神話・連載随筆 現代に生きる出雲神話


日本書記にはいくつもの国譲り神話が載っている。その一つに次のような話がある。

スサノオが高天原(たかまがはら)で乱暴をはたらいたので、困った神々は彼を追放してしまった。スサノオは子神のイタケルを連れて、新羅(しらぎ)の地に下り、ソシモリという所に行った。しかし、「わたしはこの地にはいたくない」と言って、土で舟を造り、それに乗って東の方へ渡り、出雲国の簸(ひ)ノ川の上流にそびえる鳥上(とりかみ)山に至り、オロチを退治した。
イタケルは天から下ってくるとき、たくさんの木の種子をもっていたが、韓地(からのくに)では播(ま)かないで、すべて日本に持ち帰り、筑紫からはじめて日本国中に種子を播き、国土を青山にした。

もう一つの神話には、次のように書かれている。

スサノオが髯(ひげ)の毛をぬいて放つと、杉の木になった。胸の毛は桧(ひのき)、尻の毛は槙(まき)、眉の毛は樟(くすのき)になった。
「杉と樟は舟つくりに、桧は宮つくりに、槙は寝棺つくりに良い材料だ。だから、たくさんの木の種
子を播こう」と言って、子神のイタケル、オオヤツヒメ、ツマツヒメの三神に種子を播いて歩かせた。

青山といえば出雲国風土記「母里郷(もりのさと)」にも青山の記述がある。

大神大穴持命(おおなもちのみこと・オオクニヌシと同一神)が北陸の八口(やくち)という所を平定して長江山(安来市伯太町(はくたちょう)と鳥取県日南町の境)まで帰ってきたとき、「わたしが今までに征服して治めている国は、平和に治めてくれることを条件にして、天つ神に譲ってもよい。だが、出雲だけはわたしの安住の地だから、青山を垣のように回(めぐ)らせて、だれにも渡さず、大切に守っていきたいのじゃ」と言った。
 のように、出雲神話の神々は全土を緑にするため、木の種子を播いて歩いたり、青い山々で囲まれた平和な土地をつくりあげようとした。

自然を愛し、自然を育て、自然と人間の共生こそが大切なのだと、古代の神々は教えてくれているのである。


 藤岡大拙(ふじおか・だいせつ)
島根県文化振興財団理事長・NPO法人出雲学研究所理事長・島根県景観審議会委員長・出雲弁保存会会長。昭和7年、島根県斐川町生まれ。京都大学文学部国史学科卒。同大学院文学研究科修士課程修了。前島根県立島根女子短期大学学長・八雲立つ風土記の丘所長。「出雲路の魅力」、「出雲人」、「探訪日本の庭(2)山陰」、「出雲とわず語り」、「別冊太陽 出雲・神々のふるさと」、「楽しい出雲弁だんだん考談」ほか著作多数。

連載随筆
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