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宍道湖・中海の湖底貧酸素化現象のしくみ

(4)湖底貧酸素化を軽減するには?

以上のように、宍道湖と中海では、湖底の貧酸素化が魚介類をはじめとする底生生物の生存を脅かしており、宍道湖・中海の漁業振興のためには湖底貧酸素化を防止・軽減・解消することが重要な課題と考えられます。以下に貧酸素化の防止・軽減・解消方法について紹介します。

1)根本的な対策(富栄養化の防止)

 第2章貧酸素化のしくみで述べたように湖底貧酸素化の根本的な原因は、湖の富栄養化による底質の悪化です。従って、湖の貧酸素化をなくすには、湖に流入するチッソ・リンなどの栄養塩(汚濁物質)を減少させることが必要です。湖に流入する栄養塩には、自然から流入するものもありますが、大部分は人間の活動に伴う産業排水、生活排水です。つまり、宍道湖・中海の湖底貧酸素化を軽減し、さらに豊かにするには人間活動によって湖に流入する汚濁物質を減らすことが必要であり、そのためには下水道整備や廃水処理など行政の総合的な対策が不可欠です。また、私たちひとりひとりも排出する汚水や汚濁物質の量を減らしてゆくよう心がけなければなりません。

 また、湖の栄養塩を湖外に持ち出すことは富栄養化の軽減につながります。漁業によって湖内の魚介類を漁獲して取り上げることは、魚介類が取り込んだ栄養塩を湖外に持ち出していることになります。実際に宍道湖のヤマトシジミ漁業により1日に0.2トンのチッソが湖外に持ち出されており、これは流入する汚濁負荷の約10%にあたり、県の下水処理センターで回収されるチッソの数倍にもなるという計算結果があります(島根県水産試験場,1983)。宍道湖・中海の環境改善により魚介類の漁獲量が増えれば、漁獲増による栄養塩の除去によりさらに環境が改善されるという正のフィードバックも大いに期待されます。

2)人為的な酸素注入や下層水の撹拌

 機械を用い、貧酸素化した湖底の水を揚水して酸素が豊富な上層の水と混合して放出したり、貧酸素水にエアーや酸素を注入することにより貧酸素化の軽減を図る方法です。小さなダム湖などでは効果をあげている例もありますが、宍道湖・中海のような広大な水域で目に見えるような効果を上げるには、相当大規模な設備が必要になると考えられます。

3)覆砂

 湖底の有機汚泥(ヘドロ)の上に砂をかぶせることを覆砂(ふくさ)と言います。覆砂することにより、その部分では底質が有機物の少ない砂に変わるので、有機物の分解による酸素消費は少なくなります。また、有機汚泥からは栄養塩が流出し、これも湖の富栄養化の要因となっていますが、覆砂することにより底泥からの栄養塩の流出を抑えることが出来ます。しかし、この方法も2)と同様に、かなり大きな規模で行わない限り、目に見えるような効果は期待できず、それにかかる費用も莫大なものになります。また、いったん覆砂した水域も、湖の富栄養化が軽減されなければ再び有機汚泥が堆積して数年〜数十年で元の底質に戻ってしまいます。

4)汚泥の除去

 湖底の有機汚泥(ヘドロ)を浚渫により除去する方法です。しかし、浚渫により部分的に深い窪地を作ってしまうと、そこが貧酸素水のたまり場になり、かえって周囲の水域に悪い影響を及ぼす可能性もあります。実際に中海の米子湾などで浚渫によって出来た深い窪地は年間を通じて貧酸素水が滞留しています。

5)浅場の造成

 水深の深い水域に貧酸素水の影響を受けないような浅い場所を造成すれば、その水域においては底生生物の増殖が可能になります。特に中海では湖岸の埋め立てなどにより、本来は遠浅な沿岸水域が急深な地形に改変されている部分が非常に多く、そのため湖のほとんどの水域が貧酸素水の影響を受けるようになっています。このような急深の水域に浅場を造成することができれば、底生生物の増殖場となり、また中海の沿岸域本来の自然を取り戻すことにもつながります。ただし、これについても莫大な費用が必要であり、失われた自然を回復するには非常に多くのコストがかかるということです。

(5)水産技術センターにおける取り組み

 最後に島根県水産技術センターの取り組みについてご紹介します。

水産技術センターでは平成10年度から宍道湖・中海における湖底の貧酸素化の状況を調査しています。調査の内容としては以下に示すように、宍道湖・中海の貧酸素水の分布状況を毎月1回調査し、貧酸素水の発生状況や量を把握すること、大橋川での24時間連続観測により中海から宍道湖に入ってくる貧酸素水の監視という2つの調査を実施しています。

1)宍道湖・中海定期観測

 ・宍道湖・中海、月1回の航走調査

 ・水域の貧酸素水塊の発生状況や量を把握

2)大橋川水質連続観測

 ・大橋川での24時間水質連続観測調査

 ・中海→宍道湖の貧酸素水の移動を監視

これらの調査結果はホームページ(http://www.pref.shimane.lg.jp/suigi/naisuimen/suisitu/)で見ることができます。

終わりに

淡水化事業が始まる以前の中海ではカキやサルボウ、アサリなどがたくさんとれ、豊かな漁場となっていました。やがて、高度経済成長に伴い人々のライフスタイルが欧米化するとともに、生活排水や工業廃水などが湖に流れ込む量が増大し、貧酸素水の発生頻度や規模が増加するにつれそれらの生物は姿を消していきました。

宍道湖および中海における貧酸素水に関する調査は、内水面水産試験場をはじめとして様々な研究調査機関により行われてきました。そして、貧酸素水の発生メカニズムや挙動、生物への影響等について多くの知見が集積されてきました。例えば、陸地からの排水などによる湖の富栄養化を土壌として、水温の上昇する夏季に発生しやすいこと、汽水湖に特有の塩分躍層の存在が貧酸素化を助長させていること、風などの影響により湖底に形成された貧酸素水塊が振動することにより湖全体の浅いところへも這い上がること、それらの這い上がり現象によりヤマトシジミをはじめとする魚介類に甚大な被害をもたらすこと等です。

しかし、貧酸素水をどのように防ぐか、貧酸素水が発生しないようにするにはどうしたらよいかといった問いには未だ明確な答えを出せないままにあります。

近年、宍道湖中海圏域を取り巻く状況は大きく様変わりしつつあります。本庄水域の干陸化および淡水化中止に伴う堤防開削問題、中浦水門の撤去、大橋川の拡幅などにより、この水域の水面利用、環境保全、水産振興策の論議が益々活発化しています。それに立ちはだかる最大の課題の一つが貧酸素水塊の問題と言えます。どうしたら宍道湖・中海はきれいになるのか?どうしたらシジミ資源を守れるのか?どうしたら中海の水産資源を復活させることができるのか?その答えを出すために、今後も私たちは貧酸素水の問題に取り組んで行きたいと考えています。

 

○参考文献

1) 徳岡隆夫( 2001 ):大橋川における高塩分水塊の動態観測 LAGUNA (汽水域研究) 8 90

2) 島根県内水面水産試験場・日本ミクニヤ株式会社( 2002 ):平成 14 年度宍道湖・中海貧酸素水調査業務報告書.

3) 神園真人・江藤卓也・佐藤博之( 1996 ):周防灘における貧酸素水塊形成と気象変動の関係,沿岸海洋研究, 33 179-190

4) 熊谷道夫・前田広人・大西行雄( 1987 ):湖における鉛直循環,琵琶湖水の動態に関する実験的研究総合報告書( II ),滋賀県琵琶湖研究所研究報告, No86-A05 1-10

5) 奥田節夫( 1997 ):汽水湖における水塊の動態と混合過程,沿岸海洋研究, 35 5-13

6) 島根県衛生公害研究所( 1991 ):大橋川における栄養塩フラックス調査報告書.

7) 植田敏文( 1996 ):中海・宍道湖における風が水位・湖流におよぼす影響,岡山理科大学大学院理学研究科修士論文.

8) 吉村亮( 1993 ):大橋川における塩水の遡上,岡山理科大学大学院理学研究科修士論文.

9) 藤井智康( 1998 ):汽水湖(中海)における内部波の発生と伝播,岡山理科大学博士論文.

10) 三瓶良和( 2001 ):汽水域の底質特性− " ヘドロ " と湖底環境−,汽水域の科学(高安克己),たたら書房.

11) 森脇晋平・大北晋也( 2003 ):中海に出現する貧酸素水塊の海況特性と海洋構造, LAGUNA 10

12) 森脇晋平・藤井智康・福井克也( 2003 ):大橋川における高塩分水塊の遡上現象, LAGUNA 10

13) 島根県水産試験場三刀屋内水面分場( 1998 ):宍道湖におけるシジミ大量へい死対策緊急調査報告書.

14) 向井哲也( 2002 ):貧酸素水調査,平成 14 年度島根県内水面水産試験場事業報告, No5 10 30

15) 中村幹雄( 1998 ):宍道湖におけるヤマトシジミ Corbiculajaponica PRIME と環境との相互関係に関する生理生態学研究,島根県水産試験場研究報告,第 9 号.

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